忍者ブログ

手をつなぐ

日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。

カテゴリー「私のこと」の記事一覧

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

家族たるもの

「火曜は絶対家に帰ってきてや!」と先週、たしかに母は言っていた。
なのに実家に帰ったら母がいない。
友だちと東京に遊びに行ったらしい。
帰りは水曜の夜11時だと聞かされた。
・・よくあること。

母はいなかったけど妹たちがいた。
父も。
父がグラスに氷を入れて赤ワインを注いでくれた。
氷入りワイン。
父いわく、このワインは氷を一個入れて飲むのがベストなんだと。
1+1は2であると同じくらいの確信を持って勧めるので
何も言わずに飲んだ。
氷は無い方がいいやろうと思った。
飲んでみた実感として。
でも言わなかった。
 
その後、父が映画を勧めてきた。
フライトプラン』という映画。
ものすごくおもしろいから必ず観るようにと。
正直今日は映画を観る気分じゃなかったけど、
後日感想発表会をすると言うので観た。
これはおもしろかった。
聡明で綺麗な女の人が、追い込まれながらも最後は勝つ映画。
父のいかにも好きそうな・・・。
うちの父、綺麗で賢い女の人が大好きやから。
チャングムとか。

父はこだわりの強い人で、数々の変なルールを作り出す。
感想発表会とかもそう。
後日本当にやる。
映画を観た感想を家族が一人ずつ話していって、
最後は父が映画の見所やおもしろみを解説する。
お正月には新年の抱負を語る会があり、
旅行の前には事前ミーティングをする。
ミーティングではどこをどう旅するのかを検討し、
地図を見る係、写真係、お店を手配する係なんかを決める。
 
お客さんを家に招いた日には演奏会を開いたり、
祖父母の誕生日には歌を歌ったりしてきた。
もちろん、こういうのは母も一緒にやる。
母はタンバリンを叩いたりとか、色々。

夕食のとき、一日に起こった良い出来事を話すというのが
ルールのときもあった。
私が中学生くらいのとき。
各自話していく。
「今日は数学の試験で95点を取りました」とか
「体育で跳び箱が飛べました」とか。
大していいことが無くてもひねりださなければならず、
イライラしてる日なんかははっきり言って苦痛でしかなかった。
けど、どんなときでも「ありません」はダメで、
何でもいいからとにかく言わなければならない。
それがルール。
もちろん母も話す。
「今日はネギが安かったです!」とか。


私はこういうのを当たり前に受け入れながら育った。
正直、父のこだわりについてだけでも書き出したら
かなりの量になるな・・・。
今書いたのはほんの一部で、まだまだ不可思議なこだわりが
多々あるんやけども。
でもカテゴリーに「父のこと」は作りたくないしな・・・。
さすがに。w


・・なんだか連日しょーもないちわ話ですいません。


続く。(続くんかい)

  

PR

変わってる

変わってる。
・・と、よく言われる。

結婚式の2次会で会った幼馴染(♀)と
そのことについて話してた。
彼女も変わってると言われるらしい。
 
自分のキャラを作ったりとかしてないからかな。
単に面倒くさいからなんやけども。
ふてぶてしく生きてる。
だからか、いろんな人にいろんなことを言われる。
しっかり者、適当、大胆、はっきりしてる、こだわらない、
几帳面、ゆるい、真面目、頑張り屋、脱力系、優しい、繊細、クール、
わかりにくい、つかみどころがない・・・。
別にどれでも良くて。
あなたの見ている私がそのまま私です。

幼馴染もそんな感じ。
 
で、まぁいっかと。
変わってるかもしれないけどって。
そんな結論。
シンプルなのは気持ちいい。

このブログを見ている人が見てる私はどんなやろう?
ちょっと聞いてみたい気がする。
今度良かったら教えてください。



この曲、大好き。
真心ブラザーズ/人間はもう終わりだ!
http://www.youtube.com/watch?v=wtRXLUJG08c



笑い話。

来春、歳の近い方の妹が結婚する。
今日は妹の旦那になる人とうちの家族とで食事をした。
食事をしながらいろんな話題が飛び出した。
私や妹の幼少時代の懐かしい話なんかも。

・・
 
幼少時代から今もやけど、
うちの父は一年の半分は国内外を飛び回っている。
超多忙人間。ほとんど家にいない。
母は父不在の間、それはそれは苦労しながら家を守り私たち3人を育て・・・
と言いたいところやけど、
そんなことは断じてない。
むしろあれだけ自由奔放に生きている人はいないというくらい
恐ろしく適当で自分勝手で・・・
なんというか、感情の赴くままに生きている。
それがうちの母だ。
(ある意味、憧れの生き方でもある。)

母の口癖は「私は私の人生、あんたはあんたの人生」。
自分用のアロエヨーグルトを子どもに食べられようもんなら
「誰っ!?私のアロエヨーグルト食べたんっっ」と本気で激怒し、
2時間ドラマの誰かが死ぬ場面では必ず号泣、
かと思えばその直後のお笑い番組の芸人のネタで抱腹絶倒・・・。
  
・・とまぁ、母がそんな感じだったこともあり、
私は幼少時代、全然泣かない子どもだった。
痛くてもしんどくても悲しくても絶対泣かなかった。
弱音も吐かなかったし、
わがままもほとんど言った覚えがない。
振り返ってみて、私はたぶんあのときが一番頑張っていた。
妹たちの手前、過剰なまでにしっかりしなくてはと
思っていたのかな。
自分のことは自分で責任取るんだ私は、みたいな。
そんな子どもらしからぬ子ども。
かわいくない子どもやった。笑
 
そんな私の当時の楽しみと言えば、
本を読むこととテレビ。
テレビは大相撲と高校野球がとりわけ好きで、
小学校高学年の頃、大相撲は番付表を覚えるくらいにハマっていたし、
高校野球は夏休みの一番の楽しみやった。
そしてこれだけは母や妹たちに絶対邪魔させないぞ!とも思っていた。
自分の世界。
自分の楽しみ。
これくらいいいじゃないか、と。
 

でも、そんな私のささやかな楽しみがある日突然奪われた。


夏休みのある日、テレビの見過ぎを注意する父に妹が逆らい、
怒った父は、あろうことかテレビの電源コードをハサミで切ってしまった。
ブチっと。一思いに。
そして父はテレビを改造。
父でなければテレビの電源をつけられなくしてしまった。
しかも非情なことに、その翌日、父は国外出張に旅立った。
出張は1ヶ月の予定で、
つまりは早くても1ヶ月先までテレビ無しの生活ということになった。
 
私の世界からテレビが消えた瞬間。
もちろん、大好きな高校野球も大相撲も観れない。
あのとき、私は10歳そこそこにして
人生の底辺を味わったような気がした。
 
 
でもそこで諦めきれない私は
なんとか自分でテレビを直せないか試みた。
ああでもない、こうでもないと3日3晩テレビと格闘。
そして忘れもしない4日目の朝、
私は導線と導線とをつないでテレビをつけることに成功した。
テレビがついた瞬間のあの喜びと感動・・!
 
 
そして、その日の夜。
「テレビついたやん!!」と喜び舞い上がった母は
「どうやってやったん?」といつもは見せない好奇心を見せ、
導線の配置を変な具合に動かした。
グイグイっと。
そして次の瞬間、
ドンッ!!
不穏な音。
 


テレビ爆発。


 
シーーーーーン。


あのときの沈黙の長さ。
口をあんぐり開けて茫然とする妹たちの姿も
なぜか半笑いを浮かべた母の顔も
すべてがスローモーションの再生映像みたいに見えた。


・・

 
気づけば私、泣いていた。
もう、声を上げてわんわん泣いた。
号泣。大号泣。
こんなことがあっていいものかと。
こんな理不尽なことがあっていいものかと。


人生の底辺の底辺の底辺を味わった瞬間。
本当に。
その日の日記が残ってるんやけど、
「今日テレビが壊れた。もう死ぬしかない」って書いてあるもん、私。w
 
 
・・

とまぁ、そんな話で今日は笑った。
父と母と妹と妹の旦那さんと。
みんなでお腹抱えて笑った。
みんながそれぞれおかしくて、それぞれのおかしさに笑った。


人生の底辺も通り過ぎればただの笑い話になったりするんやね。


生きるっておもしろい☆


 

オタク的な。

調べ癖、というのがある。私には。

昔からやけど色んなことが気に掛かりそのことを調べてしまう。
大体夜の11時頃から始まり、
気づけば夜中の2時くらいになっていたりする。
時々、眠いのに気になりすぎて寝れないという事態が起こる。
続々と芋づる式に知りたいことが出てきて
そのことを今すぐ知りたくてどうしようもなくなる。
でもそのうち、眠気と好奇心とのせめぎ合いが起こり、
最終的には眠気に敗北するんやけども。
その瞬間はいつも悔しい。

そんなにまでなって 
一体何を調べているのかという疑問が沸きそうやけど
大体、人物に関することが多い。
私は人がすごく気になる。
人が自分をどう見てるのかが気になるのではなく、
“人”という存在自体が気になる。
その人が何に興味があり何をしていて何を思っているのか。
 
もちろん、すべての人のことが気になるわけではない。
私の“知りたいアンテナ”に引っ掛かる人というのがいて。
それは現存する人である場合もあるし、
歴史上の人物である場合もある。
 
どういうふうに調べるかやけど、
まず、ネットで関連したページがないかどんどん閲覧していく。
そしてその過程で引っ掛かったキーワードを
またどんどん調べていく。
この辺りは本当に脇目もふらずやる。
その人が愛聴していた音楽があればそれをyou tubeで聴き、
愛読していたとされる本があればそれを読み
(もちろんその作家のことも調べる)、
親交があったとされる人物のことも同様に調べる。
そしてその過程で更に心惹かれたら、
その人が生きた時代の映像や写真を見たり(文献を読んだり)、
ゆかりのある土地を訪ねたりもする。
延々と何日もやるときもあるし、
何ヶ月も何年も掛けて追い続けるケースもまれにある。

ちなみにこの癖は完全に父譲りだ。
父は同じように気になりだしたら止まらない人間で、
地震が起きたら確実に即死するであろう量の本を自室に所蔵し、
いち早く必要な情報を入手するためにネットワークは
常に最新のものに整備されている。
(父のPCの回線スピードはやたらと速い。)
世の中に携帯が出回る遥か前から携帯電話を所持しており、
Windows95は発売されたその年に導入された。
 
私は眠っていたはずの父が夜中に突如起き出し
書斎に飛び込んでは猛烈に何か調べだすのを何度も目撃しているし、
幼少時代から父に連れて行かれた場所といえば
電気やさんか図書館が真っ先に思い浮かぶ。
 
学者はオタクと同義だとどこぞで聞いたことがあるけれど
うちの父は完全なるオタクだ。
そしてその娘の私もたぶん、オタクだ。
ちなみにうちの母と妹たちは父と私のこういうところを
非常に冷めた目で見守っている。 

去年の秋頃か、あがた森魚というシンガーのことが気になり出して
この人のドキュメンタリー映画を一人で観に行った。
このことを妹に話したら
「ねーちゃん・・・そのことは絶対誰にも言ったらあかん」と
真顔で注意された。
以前、友人の結婚式に行く際、
妹に髪の毛をセットしてもらったときも
「今日は絶対にあがた森魚と宇宙の話だけはしたらあかんで!」と
深刻な顔で言われた。
ついでに母からは
「あんたは喋ったらそこで何かが終わるねん」と。
 

・・どう考えても言われすぎだ。
 
 
 
ちなみに、うちの父は私がこれまで見てきた男の人の中で
断トツに突出した変人なので
時たま、私ももしかしたら変人なのではないかという不安に襲われる。
オタクと変人は同義ではないと認識しているのだけれど、
これって正しいよね?
まぁでも・・・気にしない。
 


今日はPC消してもう寝よう。

なんとなく・・・。


  

カレンダー

03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

最新記事

プロフィール

HN:
fisun
性別:
女性

ブログ内検索

Copyright ©  -- 手をつなぐ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]