手をつなぐ
日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。
安堵感
育休をとっていた先輩が職場復帰した。
6日の今日はゴールデンウィーク明けでしんどかったけど、
行きしの電車の中で今日がその日であることを思い出し
相当元気になれた。
いつもこの先輩がいたから頑張れたりした。
本当に感謝しているし、大好きな人だ。
・・
夜は知人宅へお邪魔した。
そしたらそこに知人の友人が三人来ていた。
新規の出会い。
今年は本当にたくさんの人と出会う。
出会いについて考えてみたら
今親しい人のほとんどは時間を掛けて少しずつ仲良くなっていった
人たちであることに気づく。
少しずつ少しずつ。
今日職場復帰した先輩もそうで。
縁あって同じ部署で仕事をする中で距離が近づいていった。
とんでもないことに心折れる日々の中で色んな話をし、
私の、ある種八つ当たりともいえる「変ですよ!」を
いつも寛容な心で受け止めてくれた。
一緒に考えてくれた。
日々の蓄積が絆になるんだ。
きっと。
好きな人たちとは少しずつ仲良くなりたい。これからも。
なんか戻ってきた。
私の中にある私。
戻ってきた。
寒い冬に雲間からのぞく朝陽を見ながら聴いた曲
Bridge Over Troubled Water
http://www.youtube.com/watch?v=GYKJuDxYr3I
エジプト。
しばらくしてから目が覚める。
今、3時。
目が覚めたのは1時半やからまだもう少し寝ないと明日がキツイ。
でも明日のことを考えるのは面倒くさいな、と思ったり。
寝たいときに寝て起きていたいとき起きる。
そんなナマケモノみたいな。
今、岡村靖幸の「カルアミルク」が頭に流れた。
・・
ゴールデンウィークが終わった。
最終日は友人のハマソーと、神戸市立博物館で開催されている
トリノ・エジプト展を観にいった。
人が多かった。
展示品も多くて。
何かを観たり聴いたりしたとき、そこからイメージが広がるものが好き。
今回のエジプト展でも一番気に掛かったのはそんなもの。
ミイラを作るときに、内臓を取り出して入れておいたとされる黄金色のビン。
紀元前の大昔に作ったとは思えないほど保存状態が良くて。
何より、その懲り方が興味深かった。
ビンの側面は丁寧に磨かれツルッとしており、
フタは動物や人間の頭部の形をしている。
その精巧さに目が釘付けになってしまう。
・・内臓というと、どうしてもグロテスクなイメージがある。
しかもそれを取り出すなんて!
自分が古代エジプト人やったとして、
その係になることだけは何としても避けたい。
でもあの黄金色のビンを見ていると、そこにはちゃんと意味があるようで・・・。
古代エジプト人の“本気”を垣間見た気がした。
あ~・・・。
なんだか退廃的な気分!
誰か電話掛けてきたりしないかな。
しないな。
残念。
岡村靖幸 「カルアミルク」
http://www.youtube.com/watch?v=IHmDvpkZop0
なんとなく。
ゴールデンウィークもあと二日。
4日の今日はルームメイトの谷川さんとお出かけをした。
行き先は高槻から少しだけ京都寄りの町、山崎。
駅に降り立ち、まずはサントリー山崎蒸留所へ向かった。
晴天で少し汗ばむくらいに気温も上がっていて
日傘がないことをちょっと後悔した。
蒸留所ではウイスキーができるまでの過程を見学、試飲もあった。
見学の間中、ウイスキーのいい匂いがいっぱいで。
金色の変な形をした大きなツボがたくさんあったり・・・。
まるで魔法の絨毯に乗った大魔神が今にも出てきそうな大きなツボ!
(アルコール度数を変える機械らしい。)
心躍った。
ウイスキーを樽に詰めて寝かせてある貯蔵庫は
薄暗くひんやりとして特にワクワクした。
昔読んだシャーロックホームズの世界みたいな。
中世の西洋のイメージ。
ここで何か事件が起きていつ名推理が始まってもおかしくはない。
そんなことを思ったりもした。
蒸留所を出たあとは少し休憩をし、大山崎山荘美術館に向かった。
急勾配の坂道を息切れをしながら登り、
自然に囲まれた美しい美術館へ。
モネの睡蓮や陶器をゆったりと見てまわった。
アンティーク調のソファや椅子が随所に置かれてあって、
体が沈み込む素敵なソファに運良く座り、
そこで谷川さんと少し居眠りをした。
のんびりと穏やかな休日。
美術館の周りは新緑の木々に囲まれていた。
木漏れ日や池の鯉を何を語るでもなく眺めていたら
なんとなく幸せで。
この“なんとなく”はすごく大事な感覚やと思った。
なんとなく幸せ。
なんとなく楽しい。
なんとなく切ない。
なんとなく寂しい。
なんとなく。
・・
ゴールデンウィークもあと一日。
楽しい時間は本当にあっという間!
ウイスキー樽の貯蔵庫。
美術館の池。
美術館へ向かう道中、こんな骨董品を扱う
お店があった。
“チベットに住む鹿の一種¥4,500 ”
牛の鈴音
今朝もそんなことをしたい気分。
部屋の大きな窓を半分だけ開けてみる。
春の朝の空気。
馴れ馴れしく体にまとわりついてこなくて
かといってよそよそしくもない。
気持ちいい風。
・・
昨日は韓国映画『牛の鈴音』を観た。
場所は桃谷のタルマヂ。
焼肉亭高橋の3階に最近オープンした文化交流空間。
民俗的な家具が揃えられた空間でナツメ茶や柚子茶、
オミジャ茶を飲める。おいしいお饅頭なんかも。
座布団にペタンと座ってスクリーンを眺めた。
静かな映画。
畑仕事に精を出すハラボジ(おじいさん)とハルモニ(おばあさん)。
そして牛。
二人は牛と一緒に、昔ながらのやり方で米やコチュ(唐辛子)を
作っている。
農薬は使わない。
ときどき静寂を破るようにハルモニの愚痴が聞こえてくる。
「こんな男に嫁いだばっかりに私は一生苦労させられる!」
「お隣の畑の旦那はとっくに農薬を使って嫁に楽をさせている。
それなのに私は・・・」
でも絶対に譲らないハラボジ。
40年連れ添った老牛のことを
「わしにとっては人間より大切」と言う。
牛に並々ならぬ愛情を注ぐハラボジとそれに嫉妬するハルモニ。
その姿はなんだか愛しい。
都会に出てお盆だけ帰ってくる子どもたちは
そんなハラボジに、「もうこれ以上働かないで」
「牛はもう売ってしまって」と強く勧める。
「心配なの」と。
・・
老いるというのは失っていく過程なのかな。
得たものはいつか手放すときが来るけど
それだと老いは悲しいばかりになってしまう。
それとも、悲しみを受け入れるために老いるのかな。
私にはまだよくわからない。
何も語らないハラボジの眼差しが切なかった。