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手をつなぐ

日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。

She said She said

最近、自分が変わってきたと思う。
考え方がシンプルになってきたし、
集中力が上がってきているとも思う。
オザケンの「うさぎ!」をもう一度じっくり読みなおしていて、
電車の中ではビートルズのアルバム、『リボルバー』を、
歩きながらはもっぱらスピッツの『ハチミツ』、もしくは斉藤和義『ジレンマ』を
よく聴いている。
『ハチミツ』も『ジレンマ』も、高校生の頃によく聴いていた音楽だ。
最近、その頃を思い出すことが多い気がする。

・・

高校1~2年生の頃のこと。
当時、私の通っていた民族学校では大学受験資格を得られなかった
(この問題については国連からの勧告などによって今はだいぶ改善されているけど
当時はダメだった)ので、私は、大学受験資格を得るため、
休みの日は通信制高校にも通っていた。
通信制高校の授業は、県内屈指の進学校の校舎を借りて行われていて、
その学校は駅から続く長い坂道をずっと上っていった場所にあった。
夏は汗をダラダラ流しながら上った。
平日は夜まで部活をして、休日もまた学校。
当時を振り返ってみると、ちゃんと休んだのは一年の内、3日ほどだったと思う。
それ以外は勉強か部活に明け暮れていた。

遠い遠い、記憶。
でもそれをたぐりよせてみたとき、通信制高校への通学の日々は
ツライようで、なぜかすごく爽やかな記憶として残っている。
空が青かった。
汗を流しながら坂道を上る私は、じわじわ近づいてくる校舎のバックの青を
強烈に意識していて、
(ああ、今日も空は青いなぁ!)って思ってた。
空に向かって一直線に飛び込みたくなるような、今にも溶け込んじゃいそうな
そんな前のめりな熱気。
しんどいはずなのに、それが吹き飛ぶくらいに、なんだか希望に溢れていた。

・・

今、そのときとまったく同じ心境かと言ったらたぶんそれは違う。
けど、あの頃のことを思い出しているのはたしかだ。
なんでかな。
・・まぁ、なんで思い出すかなんて大きな問題じゃないか。

そうそう、最近、こういうゴチャゴチャ考える癖も減ってきたかも。
もちろん、考えるべきことはたくさんあるんやけど。
どうでもいいことに注力するのは、やめた。


寝よう。



The Beatles/She said She said
http://www.youtube.com/watch?v=6wp91YPGnLw


She said
"I know what it's like to be dead
I know what it is to be sad"
(彼女は言った
゛死ぬってどういうことか
悲しみってどんなものか 私知ってるわ゛)

この曲、大好き。






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サムルノリ

5月2日から4日にかけてサムルノリの合宿に行った。

サムルノリとは・・・(以下、wikiより)
サムルノリ사물놀이)は、朝鮮の伝統楽器を用いた音楽。
プンムルノリと呼ばれる農村地帯の伝統的な農楽をもとに、1970年代末に舞台芸術として
アレンジされたパーカッション・アンサンブルである。」

映像ではこんなの。
문화예술-대한민국 대한명인전-사물놀이의 진수
(文化芸術‐大韓民国 大韓名人伝‐サムルノリの真髄)
http://www.youtube.com/watch?v=3yfPTfZusmk&feature=related

ちょっとこの映像の人たち、うますぎですが(笑)、
私はこの映像で言うところの、一番左端のドラのような楽器(チン)と、
途中から、金色の高音の楽器(ケンガリ)に持ち替えてもう一人のケンガリ奏者との
掛け合いをします。
鼓みたいな両サイドから叩く楽器はチャング(もしくはチャンゴ)と言い、
一番右端の太鼓はプッと言います。
それぞれが自然界の音を表わしていて、
チンが風、ケンガリが雷、チャングが雨、プッが雲。

農民たちが豊作を祈願したり、豊作を祝ったり、
時には仕事の疲れを癒すために演奏した農楽を起源としているだけあって
大地に根づいた音楽という感じがする。
実際、楽器を鳴らしながらすごく心が沸き立つし、
ものすんごい浄化される感じ。
そもそも初心者の私がプロ並みに上手い人たちに混じって演奏できること自体、
光栄でもあり恐縮でもあり・・・。
だから合宿中、ものすごい集中した。
早く覚えて足を引っ張らないようにしないとって。

でも幸いなことには、サムルノリのリズム(チャンダンと言うんやけど)が、
割とすんなり体に入ってくれること。
幼いころから慣れ親しんできたリズムであるからか、
それとも祖先から伝わる遺伝子が記憶しているからか、
それは定かではないけれど、チャンダンが私は好きやし、
演奏をしてて、聞いてて、本当に楽しい。
もうめっちゃおもしろい。
やっぱ私、楽器するの大好きやなぁって思った。
特に、みんなで音を合わせる瞬間の喜びがすごい。
音と音が重なり合って、一つの音楽になるあの瞬間の気持ち良さは、
たぶんやった人にしかわからない類のものかもしれない。

合宿は私が昔からお世話になっている先輩(プロのオカリナ奏者であり、
チャング奏者であり、はたまたピアノ奏者でもあり、クラリネットも吹けて、
作曲もできちゃうすごい方)のスタジオであった。
先輩が誘ってくださったおかげで、私は楽器と再会できた。
本当に感謝してもしつくせないです。
先輩だけでなく、今回のサムルノリのメンバーはみんな本当に
人格的にも素晴らしい人たちで。
ケンガリを演奏するヤンランは、本場仕込みの技術を惜しみなく教えてくれるし、
プッを叩くファンボもやさしいイイ人やし。
出会えた縁にも感謝です。

公演は7月に宝塚で3回あります。
2回は地域の保育所の納涼祭りで、最後の1回はスタジオで。
7月17日です。
良かったら観に来てください。
近づいたらまた案内します!



4ea8af79.jpeg




ケンガリ!!!













スモーキー・マウンテン

先日、梅田のNU茶屋町にスタンダードブックストア2号店が
できたというので覗きに行った。
ベストセラーを置かない本屋さん、スタンダードブックストア。
心斎橋の本店では、BGMでノラ・ジョーンズが流れてたりと、
店内雰囲気や音楽、雑貨のセレクトまで
私のツボを刺激しまくる素敵な本屋さんなのです。
初めて行った梅田店は心斎橋店より明るい雰囲気で
カルチャー系の本が充実してる印象。
入口付近に写真集とか音楽系の本が集まってた。
梅田近郊のみなさん、是非。

・・で、すんごい本見つけた。
ちょっと今日はそのご紹介を。
名越啓介さんという若き写真家の写真集『SMOKEY MOUNTAIN』。
フィリピンのマニラにあるスラム街・スモーキーマウンテンを10年かけて
撮った写真集。

以下、スモーキー・マウンテンの概要(by wikipedia)
スモーキー・マウンテンSmokey Mountain)とは、
フィリピンマニラ市北方に位置するスラム街のことである。
名称の由来は、自然発火したごみの山から燻る煙が昇るさまから名付けられた。
かつては海岸線に面した一漁村であったが、1954年に焼却されないゴミの投棄場になった。
それ以来からマニラ市内で出たごみが大量に運び込まれ、ゴミの中から廃品回収を行い
僅かな日銭を稼ぐ貧民が住み着き、急速にスラム化した。
1980年代後半頃から、フィリピンの貧困の象徴として扱われるようになった。
政府は、国のイメージが損なわれることを理由に閉鎖を決断。
住民は、公共住宅をあてがわれ強制退去させられたが、
一部の住民はスモーキー・バレーをはじめとする別の処分場周辺に移り住み、
従来通りのスカベンジャーぶりを発揮している。」

・・

大体、本を選ぶときは直感。
引き寄せられるように手にとることが多い。
特にアート系の本はそうだ。
この写真集『スモーキーマウンテン』もそう。
表紙を見た瞬間、ぐわっと心を捉えられ、それから一気にページをめくり、
気づけばレジへ直行していた。
背筋がざわざわした。
大きな袋を片手にゴミ山をあさる無数の人びと。
血痕のついた道。
薄汚れたタオルの中からのぞく幼児のものと思われる手。
抱き合う父と子。
半裸で水を浴び、白い歯を見せつけるように思いっきり笑う少年たち。
すごい生命力、すごい熱気。
一枚一枚の写真を通して伝わってくる熱量がハンパない。
写真という媒体の力を見せつけられるような、そんな写真集。

これはあくまで自分の価値観やけども、
日本という国で写真を「見せる」、写真で「勝負する」ならこういうのじゃないと、と思う。
写真を撮るというのがすごく日常的な営みであるこの国で、
綺麗なだけの写真撮って、それ見せたって仕方ないよなぁって。
(自分もそんな大した写真撮れてない自覚の上での発言ですが。)
だって、写真ってそこに実在する物や存在を切り取るわけやから、
その部分ではどうしたって個々人の実体験に勝ることができないと思うのです。
仮に美しい桜の花を撮ったとして、
やっぱり桜を直に見てその場の空気に触れてみた感動には
どうしたって勝てないよなぁと。
(これもあくまで自分の価値観ですが。)

そういう意味で、写真集『スモーキーマウンテン』は
東南アジア諸国に住む人が見たら、
もしかしたら「ふーん」ていう感じなのかもしれない。
「ああ、スモーキーマウンテンね、あそこはひどいところでぇ」みたいな。笑
でも、日本に住む人間にとってはハンマーで脳みそぶん殴られるくらいの
圧倒的パワーを持った写真集だと思う。
ページをめくりながら、一枚一枚の写真をたどりながら、
自分という存在が問われる。
ナマぬるく生きてんじゃないかって。
全力でやってるか?って。
明日死ぬかもしれないってそんな中で感じる「生」と、
明日もたぶん生きてるってそんな中で感じる「生」と。
集中力が違う気がして。
限られた人生、バカげたことはやめようって思ったし、躊躇すんなよって思った。
見ながら。
少なくとも、私は。

あと、少しだけ。

写真集には棺桶に入った子どもの写真やドクロの写真も出てくる。
泥まみれの裸の男の子、ゴミの中で暮らす人びと。
どうしてこんなに貧富の差が激しいのか。
フィリピンという国の歴史の中にそのヒントは隠されている。
以下、写真集の巻末に記された解説からの引用。
「フィリピンは常に大国の利害に振り回され、植民地主義、帝国主義、
資本主義の犠牲であり続けた。
その抑圧の歴史が国家としての近代化を阻み、現在のフィリピン社会を
未だに呪縛し続けている。
極端な格差社会、腐敗した政治構造、アナーキーに近い治安・・・。
ただ、この国家としての未熟さがフィリピンの独特の文化、社会構造を
育んだといっていい。」

劣悪な環境、管理のされていない"危険"な場所、スモーキーマウンテン。
でもそこは生命力のほとばしる、人間そのもののパワーが全開に溢れた場所でもある。
管理の行き届いた一見"平和"なこの国で生きる私は
それを見て何を感じ、学ぶべきか。
もう一度ゆっくり見直そう。
これから何か迷ったら、この写真集を開こうと思う。

・・熱い。
久々に写真見て、熱い!!って思った。


スモーキー・マウンテン』、オススメです。



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癒しと学びと勇気と

昨日(水曜)と今日(木曜)の話。

昨日は同志社大学の寒梅館にチェロの演奏を聴きに行った。
アムネスティの設立50周年記念コンサートの京都公演で、
ヴラダン・コチさんというチェコのチェロ奏者のコンサートだった。
コチさんはプラハ室内オペラの首席チェリストでありながら、
かつて、チェコ・スロバキア国家に忠誠を誓う書類への
署名を拒否し、それにより投獄された経験を持つ方。
そのときアムネスティが積極的に釈放を求めて支援したとかで、
今回のコンサートツアーをする運びとなったらしい。

コンサートは盛況で、1,000席ほどのホールがほぼ満席。
コチさんのチェロは透明感があって優しかった。
特に、ドヴォルザークの「ロンド ト短調 Op.94」の演奏は素敵で。
楽曲の哀愁溢れる旋律がコチさんの辿った苦難の日々と重なるようで、
しっとりと聴き入らせてもらった。
伴奏のピアノもコチさんのチェロの優しい感じをうまく汲み取った、
控え目ながらもしっかり聴かせる演奏だったと思う。
ダブルアンコールを含め、2時間半にわたる素晴らしいコンサートだった。

そして、今日。
友人のゆじゃに誘われて、立命館大学で映画を観てきた。
女と孤児と虎』という映画。
韓国からデンマークへ養子に出された当事者が
「国際養子」という存在の問題点について多角的に迫った
とても奥の深い映画だった。
そもそも自国から他国へ子どもを養子に出すなんてこと、
日本にいるとなんだかピンと来ない。
でも、韓国ではこれまで20万人もの子どもが
西欧諸国へ養子として出され、今もなお年間2,000人ほどが送り出されているらしい。
そこには、かつての植民地支配からの根深い影響、在韓米軍の存在、
女性の地位の低い社会構造、
主には80年代に経済成長のためにとられた少子化政策からの影響など、
多様な問題が重層的に絡まっていた。

この映画は、そうした問題を、一つ一つ、映像を通じてひも解いていく。
特に深刻な問題だと感じたのは、韓国では家父長制を重んじるあまり、
最近に至るまで社会的にシングルマザーの存在を認めず、
シングルマザーに対して公的扶助も保障もなんら行ってこなかったということだ。
でもこれは韓国に限らず、世界中のどの国の女性にとっても
多かれ少なかれ共通する問題でもある。
この日本でも女性の賃金は総じて男性よりも低く、母子家庭の所得水準も低い。
そういう意味でこの映画は、「国際養子」というキーワードをもとに、
“女性”をとりまく根深い問題の数々を浮き彫りにしたともいえる。
当事者の姿に焦点をあてたドキュメンタリー映画は数多くあれど、
その姿を通じて見える社会問題の本質や未だ癒えない歴史の傷にまで迫る映画は
そんなに多くないんじゃないのかな。
すごく意欲作だと思うし、芯のある映画だとも思った。

・・

今日はその後、夜は別の友人と西院で会い、食事をした。
出会って間もないというのに、
同じ話題で同じようにおもしろがり、心安らかに笑うことができる。
私が何を言っても驚かない。
些細なことで立ち止まっては考えをめぐらすタイプの私とは違い、
物事のとらえ方がすごくザクッとしていて、話をしていると
自分の悩みがアホらしく思えてくる。
・・車来てるのに平気で車道横断したりもするし。
(そしてあまり人の話を聞いてなかったりもする。
何回か、「聞いてる??」って問い詰めた気が。笑)
でもなんか元気をもらえる人。
もっと勇気を持ってどんどんやろうと思ったし、
もっと大らかにいこうとも思った。

良い出会い。
良い夜。



コチさんじゃないけど、ドヴォルザークの「ロンド ト短調 Op.94」の
素敵な演奏を発見したので良かったら。
Michaela Fukačová/Dvořák Rondo
http://www.youtube.com/watch?v=ArFEdTBSGro&feature=related



同志社大学の構内には私の好きな詩人・ユンドンジュの詩碑があって。
嬉しくて思わず記念撮影。
詩碑の中にカメラを構えた自分が写ってるのがちょっとおもしろい。笑
b7b2fbb7.jpeg

















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