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日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。
郷愁 その2
- 2013/03/03 (Sun)
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発掘され、捨て切れなかったものその2。
大学時代(たぶん1年か2年の頃)に書いたと思われるレポート。
タイトル『少子社会科学レポート』
表紙のタイトルの下に先生のつけた点数が書かれてある。
おそらく20点満点のレポートで、
「20点+1点 コメント:+1点はクレオパトラの化粧品代として」。
なんじゃこれ、と思って開いてみた。
「テレビのCMを見たり、雑誌の広告を見たりする中で、一番目に付くもの。
それはやはり、女性の美容関係のもの、それも化粧品の広告ではないだろうか。
化粧と言えば、今や中学生でさえも道具を一式そろえる時代。
百貨店にも化粧品売り場なるものが広く設けられ、日々多くの女性たちがメイクの技法を学び、
美に磨きをかけている。
そこで私は、そんな様子を垣間見る中で疑問に思ったことを調査し、論じることにした。」
え、少子社会科学のレポートですよね?っていうツッコミ。
・・続き。
「まず、化粧は一体いつ頃からなされるようになったのだろうか。
調べた結果、化粧の歴史は古く、紀元前4000年の古代エジプトの時代から
始まったということがわかった。
また、エジプト人は化粧品を芸術的に使用した最古の民族であり、
その中でもクレオパトラのメイクテクニックは当時の流行色を取り入れた、鮮烈かつ、
派手なものであったと言われている。
頬をレッド・オーカーで赤く塗り、手の指や足はツマレナイから採ったオレンジ色のヘンナという
染料で染め、眉はタールで黒く、上瞼は瑠璃の粉末を使ってブルーブラックに、
下瞼はクジャク石を使ってグリーンに塗りつぶしたものであったらしい。(図1参照)
化粧は、エジプトからローマへと渡り、続いてギリシャへ、そしてヨーロッパ全土へと渡った。
そして18世紀頃まで男女の性別を問わず化粧をしたと言われている。」
ちなみに、図1にはクレオパトラの肖像画が貼りつけられていて、
色鉛筆で色が塗ってある。(自作)
「当時好まれた化粧は頬紅で頬を赤く染めることであり、
その赤味を際立たせるために女性たちは、顔や首、胸を白い粉で白く塗ったと言われている。
しかし、化学技術が発達していない時代に作られたその白い粉は、
鉛を大量に含み、多数の女性が早死にするという結果を導いた。
また、頬紅は、クワといった植物性の無害な海草を原料に使っていたものの、
それを赤く染めるために硫化銀が使われ、それが口に入り、
胎児にまで悪影響を及ぼすことになってしまった。
その結果、約6000年続いた”厚塗り”の時代は終わりを迎えることになった。
フランス革命を経て、1880年、安全な化粧品を創るために化学者が立ち上がり、
このことが今の膨大な化粧品産業の誕生につながるのである。」
まだ続く。
「次に、その膨大な化粧品産業において、化粧品の数と種類は
どれくらいあるのかを調べてみた。
化粧品及びヘアワックスなどを発売している大手企業”マンダム”で
生産されている化粧品の数を調査してみたところ、
1日平均300,000本の化粧品が生産されていることがわかった。
これは500席あるジャンボ飛行機の座席一つ一つに、一本ずつ化粧品を搭載して運ぶとして、
ジャンボ機600機分である。
一年間だと約80,000,000本(8千万本)である。
一つの会社でこれだけの化粧品が発売されているとなると、日本及び世界中での
発売総数は計り知れないものであると言えよう。
また、その種類は日本国内だけで2000種類とも3000種類とも言われ、
化粧産業の規模の膨大さを物語っている。」
「次に、化粧にまつわるエピソード及びあまり世に知られていない用途などについて調査した」
この後、女の人が厚化粧しまくるために夫に経済的弊害が及び生活がひっ迫したとか、
宗教画を描くための絵具が化粧に使われてしまったとか、
処刑されたモナコ大公妃は断頭台へ立つ前にも化粧を欠かさず、
急死したルイ15世の娘は紅をつけた姿で四輪馬車で運ばれた、とか
なんかそういうことを中心に色々書かれてある。
・・はっきり言って、アホである。(特にジャンボ飛行機のくだり)
しかも結局、最後まで少子社会に関係する記載は一つも無いという・・・。
おそらく、レポートのテーマは自由って言われたんやと思うけど、
でも完全に主旨から外れた個人的興味の範囲でしか書いていない代物。笑
(一生懸命色々調べたんやろうけども。)
本来やったら一蹴されててもおかしくないと思うんやけど
先生も悪ノリ(?)で点数つけてくれてるのがすごい。笑
イイ先生やなぁ。
好きやったな、この先生。
まぁ、なんかこんな頃もあったということです。笑
(ノリで書いてしまった)
中島みゆき/時代
http://www.youtube.com/watch?v=Cv1XYghZ6-E
大学時代(たぶん1年か2年の頃)に書いたと思われるレポート。
タイトル『少子社会科学レポート』
表紙のタイトルの下に先生のつけた点数が書かれてある。
おそらく20点満点のレポートで、
「20点+1点 コメント:+1点はクレオパトラの化粧品代として」。
なんじゃこれ、と思って開いてみた。
「テレビのCMを見たり、雑誌の広告を見たりする中で、一番目に付くもの。
それはやはり、女性の美容関係のもの、それも化粧品の広告ではないだろうか。
化粧と言えば、今や中学生でさえも道具を一式そろえる時代。
百貨店にも化粧品売り場なるものが広く設けられ、日々多くの女性たちがメイクの技法を学び、
美に磨きをかけている。
そこで私は、そんな様子を垣間見る中で疑問に思ったことを調査し、論じることにした。」
え、少子社会科学のレポートですよね?っていうツッコミ。
・・続き。
「まず、化粧は一体いつ頃からなされるようになったのだろうか。
調べた結果、化粧の歴史は古く、紀元前4000年の古代エジプトの時代から
始まったということがわかった。
また、エジプト人は化粧品を芸術的に使用した最古の民族であり、
その中でもクレオパトラのメイクテクニックは当時の流行色を取り入れた、鮮烈かつ、
派手なものであったと言われている。
頬をレッド・オーカーで赤く塗り、手の指や足はツマレナイから採ったオレンジ色のヘンナという
染料で染め、眉はタールで黒く、上瞼は瑠璃の粉末を使ってブルーブラックに、
下瞼はクジャク石を使ってグリーンに塗りつぶしたものであったらしい。(図1参照)
化粧は、エジプトからローマへと渡り、続いてギリシャへ、そしてヨーロッパ全土へと渡った。
そして18世紀頃まで男女の性別を問わず化粧をしたと言われている。」
ちなみに、図1にはクレオパトラの肖像画が貼りつけられていて、
色鉛筆で色が塗ってある。(自作)
「当時好まれた化粧は頬紅で頬を赤く染めることであり、
その赤味を際立たせるために女性たちは、顔や首、胸を白い粉で白く塗ったと言われている。
しかし、化学技術が発達していない時代に作られたその白い粉は、
鉛を大量に含み、多数の女性が早死にするという結果を導いた。
また、頬紅は、クワといった植物性の無害な海草を原料に使っていたものの、
それを赤く染めるために硫化銀が使われ、それが口に入り、
胎児にまで悪影響を及ぼすことになってしまった。
その結果、約6000年続いた”厚塗り”の時代は終わりを迎えることになった。
フランス革命を経て、1880年、安全な化粧品を創るために化学者が立ち上がり、
このことが今の膨大な化粧品産業の誕生につながるのである。」
まだ続く。
「次に、その膨大な化粧品産業において、化粧品の数と種類は
どれくらいあるのかを調べてみた。
化粧品及びヘアワックスなどを発売している大手企業”マンダム”で
生産されている化粧品の数を調査してみたところ、
1日平均300,000本の化粧品が生産されていることがわかった。
これは500席あるジャンボ飛行機の座席一つ一つに、一本ずつ化粧品を搭載して運ぶとして、
ジャンボ機600機分である。
一年間だと約80,000,000本(8千万本)である。
一つの会社でこれだけの化粧品が発売されているとなると、日本及び世界中での
発売総数は計り知れないものであると言えよう。
また、その種類は日本国内だけで2000種類とも3000種類とも言われ、
化粧産業の規模の膨大さを物語っている。」
「次に、化粧にまつわるエピソード及びあまり世に知られていない用途などについて調査した」
この後、女の人が厚化粧しまくるために夫に経済的弊害が及び生活がひっ迫したとか、
宗教画を描くための絵具が化粧に使われてしまったとか、
処刑されたモナコ大公妃は断頭台へ立つ前にも化粧を欠かさず、
急死したルイ15世の娘は紅をつけた姿で四輪馬車で運ばれた、とか
なんかそういうことを中心に色々書かれてある。
・・はっきり言って、アホである。(特にジャンボ飛行機のくだり)
しかも結局、最後まで少子社会に関係する記載は一つも無いという・・・。
おそらく、レポートのテーマは自由って言われたんやと思うけど、
でも完全に主旨から外れた個人的興味の範囲でしか書いていない代物。笑
(一生懸命色々調べたんやろうけども。)
本来やったら一蹴されててもおかしくないと思うんやけど
先生も悪ノリ(?)で点数つけてくれてるのがすごい。笑
イイ先生やなぁ。
好きやったな、この先生。
まぁ、なんかこんな頃もあったということです。笑
(ノリで書いてしまった)
中島みゆき/時代
http://www.youtube.com/watch?v=Cv1XYghZ6-E
PR
郷愁 その1
- 2013/03/03 (Sun)
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さっきまで実家に帰っていて
今、物置と化している元・私の部屋の整理をしてきた。
整理しているなかで、いろんなものが発掘された。
もう本当に色々。
恥ずかしいものやら衝撃的なもの、それはもう色々と・・・。笑
その多くは潔く処分したんやけども、
でもちょっと捨てきれないものもあって。
そのうちの一つ。
1999年3月12日(16歳)の私が未来の自分に宛てて書いた手紙。
たぶんなんかの授業で書かされたんやと思うんやけど。
「拝啓
早春の候、一雨毎に春めいて参りました。
あなたは今も変わらず元気で過ごしているのでしょうか。
たぶん相変わらずバタバタとした忙しい日々を送っているのでしょうね。
こっちは元気に楽しく毎日を過ごしております。
あなたももうすぐ卒業ですね。
旅立ちの今、進むべき道は見つかりましたか。
行きたかった大学には合格したのでしょうか。
もしもそうなら今年からは晴れて大学生デビュー、楽しみですね。
もうすぐ私は二年生になります。
それも理数科に入るのです。信じられませんよね。
(中略)
二年生ってちょっとした人生の分かれ道のような気がします。
ちょっとずつだけど、みんな未来に向かって自分の進路を選択していっています。
そして卒業・・・。
寂しい別れもあるだろうけど、もっと晴れやかで素晴らしい地点に
あなたは立っているのですね。
ひょっとしたら進学しないかもしれないし、就職活動に励んでいるのかもしれないけれど、
今、私の胸の中は未来に対する希望でいっぱいです。
この今の希望を叶えるべく、私はこれから残った高校生活二年間を有意義に、
精いっぱい過ごすつもりです。
あなたの姿を見るのが今からとっても楽しみです。
昨日の自分より今日の自分をもっと好きになれるように。
このようになれる様、日々努力を忘れず頑張ってください。
敬具
一九九九年 三月十二日 ひすん
未来のひすん様(名前のところは本当はフルネーム)」
・・
このころの私、どんだけ順風満帆なんやろうね。笑
何も知らない、知らないからこそ言える言葉たち。
このときの自分が今の姿を見たらどう思うのかな。
思ってた感じじゃない!って確実にガッカリされそうやな。
いやぁ紆余曲折ありまして、とか、なんかそういうの一切求めてないし予期すらしてない
文面やもんね。笑
でも同時に、こういう言葉はきっともう書けない自分に少し寂しさも覚えたりして。
世界が全部キラキラして見えてたんやなぁ。
そんなときもあったんやな。
・・って郷愁。
誰かと分かち合いたくて書いちゃった。
今、物置と化している元・私の部屋の整理をしてきた。
整理しているなかで、いろんなものが発掘された。
もう本当に色々。
恥ずかしいものやら衝撃的なもの、それはもう色々と・・・。笑
その多くは潔く処分したんやけども、
でもちょっと捨てきれないものもあって。
そのうちの一つ。
1999年3月12日(16歳)の私が未来の自分に宛てて書いた手紙。
たぶんなんかの授業で書かされたんやと思うんやけど。
「拝啓
早春の候、一雨毎に春めいて参りました。
あなたは今も変わらず元気で過ごしているのでしょうか。
たぶん相変わらずバタバタとした忙しい日々を送っているのでしょうね。
こっちは元気に楽しく毎日を過ごしております。
あなたももうすぐ卒業ですね。
旅立ちの今、進むべき道は見つかりましたか。
行きたかった大学には合格したのでしょうか。
もしもそうなら今年からは晴れて大学生デビュー、楽しみですね。
もうすぐ私は二年生になります。
それも理数科に入るのです。信じられませんよね。
(中略)
二年生ってちょっとした人生の分かれ道のような気がします。
ちょっとずつだけど、みんな未来に向かって自分の進路を選択していっています。
そして卒業・・・。
寂しい別れもあるだろうけど、もっと晴れやかで素晴らしい地点に
あなたは立っているのですね。
ひょっとしたら進学しないかもしれないし、就職活動に励んでいるのかもしれないけれど、
今、私の胸の中は未来に対する希望でいっぱいです。
この今の希望を叶えるべく、私はこれから残った高校生活二年間を有意義に、
精いっぱい過ごすつもりです。
あなたの姿を見るのが今からとっても楽しみです。
昨日の自分より今日の自分をもっと好きになれるように。
このようになれる様、日々努力を忘れず頑張ってください。
敬具
一九九九年 三月十二日 ひすん
未来のひすん様(名前のところは本当はフルネーム)」
・・
このころの私、どんだけ順風満帆なんやろうね。笑
何も知らない、知らないからこそ言える言葉たち。
このときの自分が今の姿を見たらどう思うのかな。
思ってた感じじゃない!って確実にガッカリされそうやな。
いやぁ紆余曲折ありまして、とか、なんかそういうの一切求めてないし予期すらしてない
文面やもんね。笑
でも同時に、こういう言葉はきっともう書けない自分に少し寂しさも覚えたりして。
世界が全部キラキラして見えてたんやなぁ。
そんなときもあったんやな。
・・って郷愁。
誰かと分かち合いたくて書いちゃった。
30
- 2013/03/01 (Fri)
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もう3月に入ってしまったけど・・・
先日、2月26日、誕生日でした。
30回目のバースデー。
自分では誕生日って何か特別な思いはこれといってないのだけれど、
今年は本当にしみじみ幸せを実感した特別な日になった。
あまりにも思いがけないサプライズ。
温かい言葉たち。
お祝いさせて!ってわざわざ後日集まってくれるという友人たち。
メールで、「誕生日はひすんが生まれてきてくれた私にとっても大切な特別な日」とか
「いつも前向きなヒスンのこと尊敬してんで!」とか
「ずっと大好きやで」とか
なんかもう、抱えきれない愛の言葉もたくさんもらった。
(ちなみに、全部女子からの言葉ね☆笑)
なんか、本当に有難い。
有難いとしか言いようがない。
こんなに大切に想ってもらえて本当にうれしい。
と同時に、果たして自分はその想いに見合った人間だろうか、とも思う。
何も特別なことなんてしてないのになって。
自分を振り返ってみて、私が何か人に対してしていることがあるといえば
傍にいて、一緒に笑ったり泣いたり怒ったり・・・
それくらいな気がする。
うん・・・
やっぱりどう考えてもそれだけしかない。
もし、そのことだけでこんなにも想ってもらえているのだとしたら、
なんて寛大で博愛に満ちた人たちなんやろう。
私は本当に幸せ者だな、と思う。
でもふと考えてみて、私が周りの人たちに望むこともそんなに多くはないのかもしれない。
究極のところ、好きな人たちにはできるだけ元気で
笑顔でいてほしい。
悲しいのは少しだけで、できるだけ。
でもツライときはツライと言ってほしい。
何もできないかもしれないけれど、そんなとき傍にいれる人間でありたいな、と思う。
30代の目標は、もっと素直で、もっと優しく、寛大になること。
気難しい感じにはなりたくない。
いくつになっても素直に喜んだり、悲しんだり、怒ったりしたい。
そしてもっと優しくなりたい。
寛大になりたい。
・・と、思うのです。
難しいかなぁ。
どうかな・・・。
でも、目標!
みなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
私の好きなミヒャエル・ゾーヴァの絵。

先日、2月26日、誕生日でした。
30回目のバースデー。
自分では誕生日って何か特別な思いはこれといってないのだけれど、
今年は本当にしみじみ幸せを実感した特別な日になった。
あまりにも思いがけないサプライズ。
温かい言葉たち。
お祝いさせて!ってわざわざ後日集まってくれるという友人たち。
メールで、「誕生日はひすんが生まれてきてくれた私にとっても大切な特別な日」とか
「いつも前向きなヒスンのこと尊敬してんで!」とか
「ずっと大好きやで」とか
なんかもう、抱えきれない愛の言葉もたくさんもらった。
(ちなみに、全部女子からの言葉ね☆笑)
なんか、本当に有難い。
有難いとしか言いようがない。
こんなに大切に想ってもらえて本当にうれしい。
と同時に、果たして自分はその想いに見合った人間だろうか、とも思う。
何も特別なことなんてしてないのになって。
自分を振り返ってみて、私が何か人に対してしていることがあるといえば
傍にいて、一緒に笑ったり泣いたり怒ったり・・・
それくらいな気がする。
うん・・・
やっぱりどう考えてもそれだけしかない。
もし、そのことだけでこんなにも想ってもらえているのだとしたら、
なんて寛大で博愛に満ちた人たちなんやろう。
私は本当に幸せ者だな、と思う。
でもふと考えてみて、私が周りの人たちに望むこともそんなに多くはないのかもしれない。
究極のところ、好きな人たちにはできるだけ元気で
笑顔でいてほしい。
悲しいのは少しだけで、できるだけ。
でもツライときはツライと言ってほしい。
何もできないかもしれないけれど、そんなとき傍にいれる人間でありたいな、と思う。
30代の目標は、もっと素直で、もっと優しく、寛大になること。
気難しい感じにはなりたくない。
いくつになっても素直に喜んだり、悲しんだり、怒ったりしたい。
そしてもっと優しくなりたい。
寛大になりたい。
・・と、思うのです。
難しいかなぁ。
どうかな・・・。
でも、目標!
みなさま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
私の好きなミヒャエル・ゾーヴァの絵。
原点
- 2013/02/23 (Sat)
- 日々のこと |
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実習について、色々反省はあるものの、とりあえず・・・
これは頑張ったと思うことを。
・毎日始業30分前には病院に着いてた。(遅刻なし、早退なし)
・ほぼ毎日お弁当を持参した。
・毎日日誌を書き切った。(平均10ページ。最終日の日誌は17ページに及んだ)
あんまり寝てなかったけど、思えば前に働いてたときも大して寝てなかったから
意外といけた。
お弁当も前日に作っておいて、それで。
実習中、一度もウトウトしなかったし、これは頑張ったなぁと思う。
毎週末、学校の図書館で勉強したし。
実習終わったその足で本屋や図書館に向かった日もあったな・・・。
あと、全然別のプライベートな案件で電話やメールが殺到して、その対応に追われた週もあって・・・
(このときは死ぬかと思った)。
でも、なんとか乗り切った。
(とか言いつつ、実は最後のレポートがまだ残ってたりするんやけども。
今日も明日も追われる日々は続く・・・。苦笑)
実習中、ときたま日記を書いてて。
その内容を少しここに転載しようかと。
実習中、私が毎日視させてもらっていた患者さん、Aさんのこと。
倒れてから全身に重度の麻痺が残り、
歩くことはもちろん、食べることも話すこともできなくなった人。
耳も遠くて、傍で大声で話しかけないと聞こえない。
眼球の動きも制限されていて、自由に動かすことができない。
でも、知能は保たれていて。
だから自分の置かれている状況はすべてわかる。
わずかに動く口を動かしてなんとか思いを伝えようとするけれど、口の動きからだけでは
言いたい言葉を汲み取るのは難しい。
トーキングエイド(50音のキーを押して意思を伝達する機械)の操作も
指の筋力がないから押し間違えが多発する。
そんな人。
ある日の日記。
・・
今日、Aさんに野菜の名前を言ってもらった。
言ってもらった20個のうち、約半分は口の形だけで理解できて、
あとの5つくらいはトーキングエイドの最初の文字だけで理解できた。
こちらのレスポンスがいつもよりスムーズやったからか、たくさん言ってもらうことができた。
嬉しかった。
でも、それ以上に、Aさんが何を言っているのかをわかれて良かった。
毎日、Aさんの50音の発声を見てきて、
少しずつ口の形の特徴がわかってきて、トーキングエイドでどういう押し間違いが多いのかが
わかってきて・・・。
今日の訓練の最後、Aさんが、口を動かして「ありがとう」と言ってくれた。
ありがとう。
何についての感謝か。
今日私ができたことといえば、
Aさんの言葉を少しばかり理解しえたこと、ただ、それだけのこと。
それがAさんにとっては「ありがとう」なんやなと思うと、何とも言えない気持ちになった。
わかってあげられないことばかりで、大した話もできなくて、訓練だってまだできない。
今日だって、「野菜の名前」を言うとわかっていたから、言いたい言葉を推測できた部分が大きい。
今でも、口の形だけでは何が言いたいのか全くわからないことが多くて、
せっかくトーキングエイドを使ってもらってもやっぱりわからないことが多い。
労力だけ使わせて、伝わらないもどかしさばかり募らせて・・・。
でも、今日、感謝してくれた。
ありがとう。わかってくれて、ありがとう。
少し泣きそうになった。
今日のこの感覚を忘れないようにしよう。
私のこれからの原点にしよう。
これは頑張ったと思うことを。
・毎日始業30分前には病院に着いてた。(遅刻なし、早退なし)
・ほぼ毎日お弁当を持参した。
・毎日日誌を書き切った。(平均10ページ。最終日の日誌は17ページに及んだ)
あんまり寝てなかったけど、思えば前に働いてたときも大して寝てなかったから
意外といけた。
お弁当も前日に作っておいて、それで。
実習中、一度もウトウトしなかったし、これは頑張ったなぁと思う。
毎週末、学校の図書館で勉強したし。
実習終わったその足で本屋や図書館に向かった日もあったな・・・。
あと、全然別のプライベートな案件で電話やメールが殺到して、その対応に追われた週もあって・・・
(このときは死ぬかと思った)。
でも、なんとか乗り切った。
(とか言いつつ、実は最後のレポートがまだ残ってたりするんやけども。
今日も明日も追われる日々は続く・・・。苦笑)
実習中、ときたま日記を書いてて。
その内容を少しここに転載しようかと。
実習中、私が毎日視させてもらっていた患者さん、Aさんのこと。
倒れてから全身に重度の麻痺が残り、
歩くことはもちろん、食べることも話すこともできなくなった人。
耳も遠くて、傍で大声で話しかけないと聞こえない。
眼球の動きも制限されていて、自由に動かすことができない。
でも、知能は保たれていて。
だから自分の置かれている状況はすべてわかる。
わずかに動く口を動かしてなんとか思いを伝えようとするけれど、口の動きからだけでは
言いたい言葉を汲み取るのは難しい。
トーキングエイド(50音のキーを押して意思を伝達する機械)の操作も
指の筋力がないから押し間違えが多発する。
そんな人。
ある日の日記。
・・
今日、Aさんに野菜の名前を言ってもらった。
言ってもらった20個のうち、約半分は口の形だけで理解できて、
あとの5つくらいはトーキングエイドの最初の文字だけで理解できた。
こちらのレスポンスがいつもよりスムーズやったからか、たくさん言ってもらうことができた。
嬉しかった。
でも、それ以上に、Aさんが何を言っているのかをわかれて良かった。
毎日、Aさんの50音の発声を見てきて、
少しずつ口の形の特徴がわかってきて、トーキングエイドでどういう押し間違いが多いのかが
わかってきて・・・。
今日の訓練の最後、Aさんが、口を動かして「ありがとう」と言ってくれた。
ありがとう。
何についての感謝か。
今日私ができたことといえば、
Aさんの言葉を少しばかり理解しえたこと、ただ、それだけのこと。
それがAさんにとっては「ありがとう」なんやなと思うと、何とも言えない気持ちになった。
わかってあげられないことばかりで、大した話もできなくて、訓練だってまだできない。
今日だって、「野菜の名前」を言うとわかっていたから、言いたい言葉を推測できた部分が大きい。
今でも、口の形だけでは何が言いたいのか全くわからないことが多くて、
せっかくトーキングエイドを使ってもらってもやっぱりわからないことが多い。
労力だけ使わせて、伝わらないもどかしさばかり募らせて・・・。
でも、今日、感謝してくれた。
ありがとう。わかってくれて、ありがとう。
少し泣きそうになった。
今日のこの感覚を忘れないようにしよう。
私のこれからの原点にしよう。
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