忍者ブログ

手をつなぐ

日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。

おせっかい

前回、あのようなことを書いて、まぁ・・・じんわり落ち込んでたわけですが、
でも今はもうすっかり元気が出た。

さっきまでうだうだうだうだした戯言を延々と聞いてもらって
スパッと的確な指摘も受け、妙に納得した。
私の周りには、うだうだ聞きの天才みたいな人がいるのだ。
(私もそんな頻繁にうだうだ言ったりはしないけどね。・・たぶん。笑)

私は自分の大切な人のためなら、結構、なんでもやる。
高校の頃に付き合ってた彼氏の親が入院したとき、
お弁当なしで過ごす彼のために、入院期間中、毎日お弁当を二つ持参していた。
毎朝、母親と並んでお弁当を詰めて・・・。
(母は「入院いつまで!?」って半ば愚痴ってたけど。^^;)
遠距離で付き合ってた彼とは毎日欠かさずメールのやりとりをしていたし
時差のある関係で時間が合わないなか夜中まで必死で起きてチャットしていた。
(たまに耐え切れず寝ちゃって・・・楽しみにしてたのにって叱られたなぁ)
大学から社会人まで一緒にいた彼氏にはこの類の話が多すぎて、
もはや書く気も起こらない。笑
部屋の掃除や引っ越しの準備、就活のエントリーシート書いてあげたりとかもあったな。
待ち合わせしても寝てたりするから起こしに家まで行ったりとかもしょっちゅうで。
そんで行ったらやっぱり散らかってるからまた掃除するっていうね。w

別に男の人だけじゃなくて、友達なら、しんどいときは
何時間でも話を聞くし、こういうのは苦じゃない。
家庭教師をしていたとき、任された子が不登校気味の女の子だった。
不登校なのに、約束の時間に家に行くといつも居ない。
同居のお婆さんが出てきて平謝りされるか、もしくはいくらチャイムを鳴らしても応答が無い。
2か月くらい、こういう状況が続いた。
結局、彼女とまともに会って勉強を始められたのは3か月目を過ぎたくらいのときだった。
初めて会えたときのこと、覚えてる。
彼女は色白で華奢な綺麗な女の子で・・・。
会えたとき、嬉しかったな。

たとえば同じ状況が半年続いていたとしても、たぶん私は同じことを繰り返していたと思う。
夏の暑いさなかにただ駅と彼女の家を往復するだけの繰り返しはちょっとつらかったけど、
でも、彼女に会ってみたかったから。
それになんとなく、この往復の道のりに何か意味があるような気もした。
結局、彼女とはその後2年間、みっちり濃い時間を共にし、
彼女は東京の某美術大学に無事合格した。
最後のお別れの日。
彼女は涙を流して別れを惜しんでくれた。
寂しい、と言って。
私も泣いた。

・・

私のこういうのは、でも、必要としていない人にとっては
ただのおせっかいや迷惑でしかなかったりもするんやな。
今日、そのことを教えてもらった。
そういうの、求めてない場合もあるんやで、と。
必要としてない場合もあるんやで、と。


そうかぁ・・・って。
現実はなかなか厳しいもんだ。
でも、そういうことを知れたのも良かったのかもしれない。
私がいてもいなくても、変わらない世界はある。
(前書いたのとちょっと相反するけども。)
自惚れてはいけないな。


・・

これからまたテストも続くし、頑張らないと。


梅雨に負けない強い心!




PR

沈黙は

長田弘という詩人の詩で「人生は森のなかの一日」というのがあって。

こうやって始まる。

「何もないところに、
木を一本、わたしは植えた。
それが世界のはじまりだった。」

グスタフ・クリムトの絵と共に流れる言葉たち。

何もないところに植えた一本の木はたった一本で
そんな儚いものが、どうやって世界をつくりだせたんやろう。
でももしそれで世界がはじまったのだとしたら、
それは希望以外の何物でもないな。

誰かと出会い、言葉を交わす。
思いを伝える。
そこから生まれる世界がある。

・・

さっき、ガラスのコップに水滴がついていて、
そのあとそこに置いた紙が濡れた。
ほんの一滴のしずくが紙を濡らす。
そして、文字をにじませる。

存在している限り、何かに影響している。
たとえば私が今涙を流したら
同じように紙を濡らし
文字をにじませるやろう。
もしももっとたくさんの涙を流したのなら
燃え盛る炎を少しばかり鎮めるのかもしれない。
たとえほんのわずかでも。


無駄なものなんて、きっと何もない。



「森の木がおおきくなると、
おおきくなったのは、
沈黙だった。

沈黙は、
森を充たす
空気のことばだ。」


・・


「次の日、きみがやってきて、
そばに、もう一本の木を植えた。
木が二本。木は林になった。

三日目、わたしたちは、
さらに、もう一本の木を植えた。
木が三本。林は森になった。」



沈黙は

世界のはじまりは




ひとの魂

本当に、何日かぶりにヘグムを弾いた。
このところあまりに多忙で余裕のない生活で・・・
そういうとき、楽器を弾けなくなってしまう。
「寂念」という曲を弾くのに、慌ただしいハイテンションでは無理なのだ。
この曲を弾いていると、心がシンとなる。
気持ちが静かなときじゃないと感じられない。
シン。
静かな、音。

・・

昨日あった内科学の授業がおもしろかった。
すごくくだけた、ユーモアセンス抜群のおじいちゃん先生で。
しょっちゅう話が脱線するんやけど、そのときのトークのおもしろさに爆笑してしまう。
間の取り方、話の展開、オチへの持って行き方なんかが絶妙で・・・。
その辺の芸人さん顔負けなんじゃないかと思うくらい。
本当におもしろい。

その内科学の先生がしていた興味深い話。
人間の体は、常にベストコンディションであるために
いろんなホルモンが絶えず分泌されている。
そのホルモンの一つに、オキシトシンというのがある。
これは何をするのかというと、出産のときに子宮をギューッと収縮させたり、
乳汁を分泌させたりする。
でも、そもそも、陣痛はなぜ起こるのか。
オキシトシンに合図を起こり、陣痛を引き起こす命令を下しているのは
何者なのか?
その部分がいまだ解明されていないのだとか。
で、これについての現段階での有力な学説が、
母体からの指令ではなく、胎児の方からの指令である、というものらしい。

これ聞いて、へー!!と思って妙に納得した。
私が産まれたときのことを母親から聞いたことがあるんやけど、
私はなかなか産まれてこなかったんやって。
予定日を過ぎてもちっとも陣痛が起こらなくて、
お医者さんからは、とにかく歩き回りなさいと言われて、うちの親は2月の寒いさなかに
家の近所を歩きまくってたらしい。笑
で、予定日を随分と過ぎて、やーっと出てきたと。
そんな感じやったらしい。

でね、内科学の先生の話がもし本当やとしたら、
私、感覚的に思うんやけど、なんとなく、胎内から外に出ようという意識が
希薄やったんじゃないかなぁって。
たぶん、そのときから呑気やったんやと思う。
散歩で振動与えられまくって、おや?って気づいて、
それでやっとのろのろ出てきたんじゃないかなって。
いや、これ、真剣に思う。
だってね、私、ホンマに小さいころ、みんなより2テンポくらい何やっても遅くて。
でも全然焦ったりした記憶もなくて、付いていけてないことにすら
気づいていない子どもやったみたいやから。

保育所の記録とかでも、びっくりする記載とかあって。
「今日いつの間にか歯ブラシを飲み込んでしまい、吐き出させようとしましたが、
出てきませんでした。周りの子どもたちからの”ひすんちゃん、歯ブラシ飲んだ!”の声で
処置をしたのですが、本人は苦しそうな様子もなく、ニコニコ笑っていました」とか。
幼稚園の記録でも
「今日、お弁当の仕切りを誤ってゴミ箱に捨ててしまったようです。
周りの子どもたちが、”ほかしてたで”と言うので、本人に尋ねると、
”わからへん”と首をかしげていました」・・とか。
「何を聞いても、”まぁまぁ”、”わからへん”、”どっちでもいい”と言います」とか。

たぶん、胎内にいたときからこんな感じやったんやと思う。
(ちなみに今もこの傾向、多いにある。苦笑 今は一応、自覚あり。)


というわけで、本日、新たな学説が生まれました。
「人間の本質は産まれる前から決まっている」
(・・既に同じようなこと言ってる人いると思うけど。笑 ・・あ、いるな。)


・・


さ・・・
寝よ・・・。






今の部屋から見える空
9523d983.jpeg

















 

シンシなヒト。

先週はほぼ毎日のように学校に残ってひたすら次の演習の練習をしていた。
今回、私は完全に裏方で、表に立つのはグループの別の子たちだ。
子どもの演習のときには最初少し消極的な雰囲気やったメンバーも、
今回は最初から、僕がやります、私がやります!と積極的に申し出てくれた。
嬉しい。

練習では、私が当日来る予定の患者さん役を演じて、実際の面接さながらに
やってみせている。
こんなこと起こるかも、こんなこと言われるかもって、あれこれ想定して。
最初は患者役である私からの反応に動揺してたメンバーも、
前回の練習では、相当柔軟に対応できるようになっていて。
練習の成果といえばそれまでやけど、
周りからの助言やダメ出しに心が開かれているというのが大きいと思う。
もっとこうした方がいいんじゃないか、こういうとこ直してみたらどうかなって言ったら
それを一つひとつメモにとって、次の練習のときまでにはきっちり修正してくる。
練習で頭を使って疲れても、「また家で練習してきます!」なんて言葉を聞くと
疲れが嘘のように消えて清々しさが心に満ちてくる。
本当に真摯な人たちだな、と思う。

こういうのって、簡単なようでなかなかできないことだ。
みんな、それぞれにプライドがあるから。
私はかつて大学で対人援助について学んだので、一応のセオリーというか、
場面に応じた言葉の返し方や振る舞いというのは
多少なりともほかの子達より知っている部分がある気はする。
とはいえ、プロではないし、私の意見を取り入れる必然性は無い。
でも、いつも私の言葉に真剣に耳を傾けて、取り入れていこうとしてくれる。
本番の日に向けて、そのとき対峙する患者さんに対して、
何よりも誠実であろうとする思い。
自分のプライドや自尊心よりも、そちらを迷わず優先する彼や彼女を
本当に素敵だな、と思う。

・・

先日、学校の就活セミナーで自己PR文を書いて出すという課題があって。
自分の長所、短所も併せて書くんやけど、これがなかなか書けなくて。
前までは、いかにもな内容を適当に書いて出せてたんやろうけど、
今はイチイチ悩んでしまう。
(好奇心旺盛?・・・うーん・・・謙虚?・・・いや・・・)みたいな。
思いつくけど、そうとも言い切れないかもって躊躇する、のスパイラル。笑
散々悩んで絞り出して、やっとの思いで提出した。
そのとき、自己PRの一文に書いたのが、
”どんなときも自分自身と他者に対し誠実であることを心がけます”という言葉。
就職担当者からしたらこういうのあんまり求めてないかもやけどね。w
でも・・・うまくやれないときもあると思うけど、こうありたいという決意を込めて。
意識の片隅に置いておきたいな、と思って。


さ・・・。
勉強しないと。
もうずっと勉強!
先週、グループの演習で時間とられて全然進んでないやつ、いい加減やらないと。
でも気分転換もしつつ・・・
この言葉何度言ったかわからないけど・・・
やっぱり、
頑張ろう。


カレンダー

02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新記事

プロフィール

HN:
fisun
性別:
女性

ブログ内検索

Copyright ©  -- 手をつなぐ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Photo by momo111 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]