手をつなぐ
日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。
寒い国を想う
- 2014/01/13 (Mon)
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煮詰まったら、何かしら言語化して表わしてみる。
この、ブログやSNSツールへの書き込みというのは、ほぼ自動的に、
限りなく無意識に近い感じで、指先が勝手に動いてしてくれている。
不思議なことだ。
例えば、何かテーマが定まっていて、書こう!と意気込むと、書けない。
けど、何でもいいから書きたいな、と思うと、すらすらさらさらと
文字化されていく。
これって誰でもそうなのかな。
少なくとも、私の場合はそう。
・・
昨日は北方民族の人たちのことを考えていた。
寒かったから。
寒いときに、厳寒の地のことを考えると、少し勇気の沸いてくる気がする。
サハ共和国のオイミャコンの人たちはー40度のなかで暮らしている。
なんと、洗濯物は外に干しているらしい。
圧倒的な冷気の中で、洗濯物の水分は一瞬で氷の膜となり
線維の外に飛び出してくる。
あとはその氷を振り払えばいいだけ。
ものの数分でパリッと乾くのだとか。
サハの人たちの暮らしを撮ったドキュメンタリーを見た人が
内容を要約してくれてるサイトがあって、そこに書いてあった。
良かったらどうぞ。http://www.takonomakura.com/morinosuiyo/saha.html
強い野蛮な者たちに追われ、なんとかたどり着いたマイナス40度の世界。
そこに定住し、「幸せよ」という人たち。
それって本当にそうなんやろうなと思う。
何も無くても、誰にも侵されない自分たちの村、生活があるということ。
”生きる”ということがもっと身近で、価値のあるような。
かけがえのない。
なんだか、そんな感じがする。
なんかときどき、私は、日本に住んでること、ここで生きていくことに
希望を見いだせなくなる瞬間があるのだな。
どこを見ても悪口に溢れていて、
誰かが誰かの不幸を笑い、おとしいれようとしている。
競争、また競争の競い合いのなかでいつも勝ち続けなくてはと。
そんなふうに思えてならないときがある。
まぁ、そんなこと言ってても、ここで生きてくし、
現実を見ていくしかないんやけども。
とりあえず、今この瞬間を手放すようなことだけは絶対にしないとは決めているし。
私はオイミャコンには住まないから。
たぶん。
とても素敵なところやけども。
コントラスト。
- 2014/01/12 (Sun)
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どうにもこうにも集中が続かないときというのがある。
そういうときは割り切って気分転換をする。
映画を観たり、とか。
昔観た、『海炭市叙景』という映画をなんとなく、また観たい。
静かな寂しい映画。
さびれていく函館の街を舞台にした物語。
静かな、とても静かな。
ひたすらに鬱々としていて、原作を書いた小説家は自ら命を絶ったという。
それでもその薄暗い感情の中に、研ぎ澄まされた、突き刺さるような何かがあって
それを今、もう一度確かめたい気分。
・・
実は私はあまり鬱々とした性格ではおそらくは無くて、
暗い気分のときもあんまり抑圧せずに発散していくタイプ。
でも、何か創作活動をするとなると、たぶん、あっけらかんとした発散型では
ダメなんやろうなと思う。
物を創る人は陰と陽の両面を深く知っておかないといけないんじゃないかなと。
陰の中に陽を、陽の中に陰をにじませるような。
どちらも深く吟味してその中に浸かって翻弄されて、
そうやって創り上げていく。
でも実際問題、そういう作業ってとても正気の沙汰じゃできないやろうから、
だから本物の芸術家ってのは少ないのかなと思ったりもする。
いや、実は今日、お知り合いの写真家さんとやりとりをしていて
久しぶりに感覚的で繊細な言葉のキャッチボールをしたなぁと思って。
とても明るい方なんやけど、撮られてる作品にはシンとした静けさが漂ってて
そのコントラストがうまい具合に調和して
素敵な作品につながっているのかなと。
そんなふうに感じたからちょっと書いてみた。
さーて。
とりあえず今日は寝るかぁ。
(・・明日は頑張る)
大人になれて良かったこと。
- 2014/01/03 (Fri)
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気づけば新年。
気づけば、というのがふさわしい。
わぁ、新年、とかではなく、あぁ、新年。
なんなら最後に、?マークくらいが付いてもいい。
2013年はいろんなことがあったはずなのに
色々あったなぁとか頑張ったなぁみたいな感慨深さはあまりない。
勉強漬けの生活も二年に及ぶとなにか諦念めいたものが沸き起こってくるのか…。
年明け早々いきなり卒業試験があるんやけど、
こういうのも昔はもっとインパクトがあったような気がするし。
(えぇ~!!無理無理!はぁ!?、的な。笑)
でももう今はしゃあない…と、すべてを受け入れる境地。
え、老化…?まさか…。はははは(空笑い)
年末はちょこっと遊んだ。
友達が4人、一気に私の部屋に遊びに来てくれて
鍋パしたりとか。
みんながそれぞれ美味しいサラダやキムチや厳選素材(鶏にとって素晴らしい環境で
育てられたという卵)やお菓子を持ち寄ってくれて。
部屋の飾り付けまでしてくれて。
温かく、ほわーんとしたイイ時間やった。
この社会を支配している価値観や既成概念に縛らていない、
自由で伸び伸びした人たちで。
みんながやってることがキラキラしてて気持ちがすっとした。
またしたいなぁ☆
これからはいつ人が来ても大丈夫なように、美味しいお酒と
紅茶を常備しておこう。
あと、年末は幼馴染みと堂島ホテルのシガーバーに行ったのが楽しかったな。
シガーバーって、私、たばこも吸わないしどうなんやろうって思ってたけど、
意外なまでに煙たくないし、周りも葉巻とか吸ってたりして
大人なラグジュアリーな雰囲気で素敵やった。
そこでヨシっていう友達がバーテンをしてるんやけど、
彼の昼間の顔は陶芸家で、夜はバーテン、
しかも喋ると芸人さん並みのトーク力を発揮するという。笑
もうおもしろすぎてバーカウンターで一年分くらい爆笑したかも。
一見クールでちょっとセクシーな色男風なんやけど、会って話すと
確実に毎回爆笑させてくれる素敵な人です。
みなさんも良かったらどうぞ。
ちなみに、私が行ったときは友達のよしみでだいぶサービスしてもらってしまった。
食事もできて、ホテルで作ってるやつをオーダーできるんやけど
さすが堂島ホテルだけあってめっちゃ美味しかったし。
サンドイッチはパンがさくさくっとしてて、フライドポテトは冷めてもいける。
B1階の中華も相当おいしいらしいから働きだしたら行ってみたいな☆
さ、ちょっと勉強もしないとね。。。
でもその前に楽器弾こっかな~・・・。(現実逃避?笑)
みなさんにとって、2014年が素敵な毎日でありますように。
この映像、やっぱり素敵すぎるのでDVD買っちゃった!
Chopin: Fantaisie, Barcarolle (Krystian Zimerman, 1987)
http://www.youtube.com/watch?v=eZw8icMO_Ls
作ってもらって初めて飲んだ。モヒート。
表現すること。
- 2013/12/21 (Sat)
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このアルバム、私が中学生の頃、みーんな持ってた。
カセットに入れたりとかしてレンタルもすごかったし。
私もたしか強制的に貸されてカセット持ってたもんね。
(「マライアは聴いとき!!」とか言われて。笑)
いまだにクリスマスの時期になると思いだして聴きたくなる。名盤。
・・
今日は久しぶりにのんびり何も考えずに過ごした。
夕方にはヘグムを弾きに行って・・・。
楽器を弾いて、洗濯をして、ご飯を食べて。
そして今はこうして言葉を綴っている。
隣を見ると、シクラメンが綺麗。
ヘグムの発表会のときにもらった鉢植えの花。
あれからちっとも枯れずに、むしろ新しいつぼみをどんどん開かせながら
たくましく伸びやかに咲き誇っている。
ヘグムの発表会の日からもう1か月が経つのかぁ。
このブログを見てくれている方ならご存知のとおり、今はとにかく勉強づくめの毎日で
発表会の練習も悲しくなるほどに出来ていなかった。
当日も、私より技術的にはるかに先に進んだ方がたくさんいらして。
練習量が違う、努力も違う、それに伴う技術も当然違う・・・
正直、発表会前日は曲を弾きこなせていないことが憂鬱で仕方なく・・・。
どうしたものかと思っていた。
でも、そんななかで私の強みが何かあるとしたら、
ただひたすらに『Bridge Over Troubled Water』という曲が好きで
たくさん聴きこんできたということ。
技術の不足を補う表現が存在するとは思わないけれど、
下手でも胸を打つ演奏はある。
それを信じて、じゃあそれはどういう演奏かと考えたとき、
何よりも、曲のもつ世界観を壊さずに自分がその世界の一員となること。
この曲と過ごしたたくさんの時間を思い出しながら
私自身と音の世界とがぴったりと重なるように。
最後はそれだけに集中していたような気がする。
今日、ヘグム教室に行ったら、ミヒャン先生から思いがけない話を聞いた。
発表会を観に来ていたとある観客が、なんと私の演奏に感動し、
涙まで流されたのだということだった。
演奏前、司会の人に読んでもらう一言メッセージとして、
私は、しんどいときやツライときによくこの曲を聴いてきたということ、
実習中も聴いて励まされていたことなどを読み上げてもらった。
その言葉と演奏とがぴったりマッチしていたのだと。
胸を打つ演奏というのは技術じゃなく、
もっと別のところにあるのだとわかりました、と、
その方はそんなことまで言ってくれていたらしい。
たしかに思い起こせば当日、曲を弾き終わり顔を上げたとき、
目の前のお客さんたちの眼差しが皆、とても優しく温かったような気がした。
私は楽器の表現者として、今のところ二流どころか三流レベルやけども
でも、そのつたない演奏が誰かの心を動かしたという事実がもしもあるのだとしたら
それはやっぱりあまりにも嬉しく、
表現者としての喜びのようなものを感じる出来事だった。
これから楽器ももっともっと練習して弾きこんで、
来年は三流から二流へ、やるからには表現者として恥ずかしくないレベルまで
頑張っていきたい。
頑張ろうと思った。
やっぱり私は楽器が、音楽が
大好きだ。
でも・・・
とりあえず、今は勉強する!笑