手をつなぐ
日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。
音楽
- 2016/10/27 (Thu)
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最近は少し書きたい気分。
なので。
昨日書いたやつを今読み返したら
すいません、のくだりでちょっとウケた。
誰に何を謝ってるんやろうって。
いや…'Tai Rei Tei Rio' の世界が凄すぎて、 勝手なこと言うことに躊躇したっていうのがある。
今朝も改めて聴いてみてるけど、全身がびりびりする。
びりびり…ヒリヒリ…
でも心地良い。
なんか全部聴いたことがあるような、いや、無いんやけど。
遠い記憶のどこかで聴いたことがあるような、そんな感じ。
うーん。惹かれる。。。。
惹かれてしまう。。。。
3分34秒頃から始まる曲の旋律とか、昨日の夜気づけば口ずさんでたし!
寝る前もずっと流れてる。脳内BGM化してた。
5分頃から始まる女性の独白のような声と歌声とピアノもすごくいい。
天国にいざなわれるみたいな。
私の中の天国はこの曲みたいなイメージ。
楽器弾こうと思ってたのにこの音楽が気になりすぎてダメだわ。笑
ちなみに今、楽器は”散調”(サンジョ)という古典曲の一種を弾いていて
譜面読むのも難しいし、リズム(チャンダン)も難しいしで心折れかける。
西洋音楽でいうところの楽章みたいなのがあって、第四楽章まで来たんやけど、
なんか、なんでこんな下手くそなんかなって嫌になる。
前のレッスンのときに先生から、譜面を正しく追って弾けるようになってきたねって言われて、
でも全然上手くならないんで嫌になりますって言ったら、先生から「私もやで」と言われてビックリした。
先生は最近、この”散調”の演奏で賞をとられて、今度本国で演奏会をすることになってるのに。
先生をもってしても、どこまで弾いてもこれで良しとは思えないものらしい。
たしかに譜面どおり、メトロノームに合わせてチューナーも使って、正しく弾くことはできても、それがいいかというと全然いいと思えない。
なんやろうね、これは。
もっと深いところまで掘って掘って、その周辺も掘り下げて、 掘りだして表面に出てきた土の中身も確かめてってしないといけないんやろうね。
果てしないわ。
やっぱり心折れそう。苦笑
音楽っておもしろい。
なんだかんだで弾くのも聴くのもやめられない。
人生の喜びの一つですね。
なので。
昨日書いたやつを今読み返したら
すいません、のくだりでちょっとウケた。
誰に何を謝ってるんやろうって。
いや…'Tai Rei Tei Rio' の世界が凄すぎて、 勝手なこと言うことに躊躇したっていうのがある。
今朝も改めて聴いてみてるけど、全身がびりびりする。
びりびり…ヒリヒリ…
でも心地良い。
なんか全部聴いたことがあるような、いや、無いんやけど。
遠い記憶のどこかで聴いたことがあるような、そんな感じ。
うーん。惹かれる。。。。
惹かれてしまう。。。。
3分34秒頃から始まる曲の旋律とか、昨日の夜気づけば口ずさんでたし!
寝る前もずっと流れてる。脳内BGM化してた。
5分頃から始まる女性の独白のような声と歌声とピアノもすごくいい。
天国にいざなわれるみたいな。
私の中の天国はこの曲みたいなイメージ。
楽器弾こうと思ってたのにこの音楽が気になりすぎてダメだわ。笑
ちなみに今、楽器は”散調”(サンジョ)という古典曲の一種を弾いていて
譜面読むのも難しいし、リズム(チャンダン)も難しいしで心折れかける。
西洋音楽でいうところの楽章みたいなのがあって、第四楽章まで来たんやけど、
なんか、なんでこんな下手くそなんかなって嫌になる。
前のレッスンのときに先生から、譜面を正しく追って弾けるようになってきたねって言われて、
でも全然上手くならないんで嫌になりますって言ったら、先生から「私もやで」と言われてビックリした。
先生は最近、この”散調”の演奏で賞をとられて、今度本国で演奏会をすることになってるのに。
先生をもってしても、どこまで弾いてもこれで良しとは思えないものらしい。
たしかに譜面どおり、メトロノームに合わせてチューナーも使って、正しく弾くことはできても、それがいいかというと全然いいと思えない。
なんやろうね、これは。
もっと深いところまで掘って掘って、その周辺も掘り下げて、 掘りだして表面に出てきた土の中身も確かめてってしないといけないんやろうね。
果てしないわ。
やっぱり心折れそう。苦笑
音楽っておもしろい。
なんだかんだで弾くのも聴くのもやめられない。
人生の喜びの一つですね。
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響く
- 2016/10/26 (Wed)
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2008年のことを少し思い出していた。
あの頃。
私はとても元気が無くて、毎日朝の来るのが苦痛でしょうがなかった。
淀んだ空気が常にまとわりついて、綺麗な空気を吸おうもんなら過呼吸になるみたいな。
気づいたら涙がこぼれていたりもして。
高木さんが2008年にしたというコンサートの映像を観て、このコンサートを当時の私がリアルタイムで目撃していたらすごく良かった気がした。
正直、最初観たとき、ザワッと…ちょっとした恐怖を感じた。
ちょっとした?いや、かなり。
怖い、と思った。
なんやろう。響くものが大きすぎたときに感じる恐ろしさというか。
ものすごく響くのでびっくりした。
これを当時の私が聴いて目撃していたら、きっとどっぷり浸かってハマリこんでいたに違いない。
高木さんの音源、全部聴いたやろうな。
あと、神話も調べて、民族音楽とかもどんどん聴いてってかなりやってたと思われる。
私、そういうことしちゃうので。笑
抑えられない衝動というか。
音楽って癒しである一方で特定のものにハマりこむことには恐さも同時にある気がする。
それが創作曲であるとき、特に。
その音楽を好き!!ってなったら、音楽を創り出すその人のことも好き!!ってなって、
でもその人と自分は直接出会っているわけではないから、音楽を介した虚像がどんどん膨らんでいく。
その虚像は自分の理想とする何かをふんだんに含んだ姿だから、あるとき自分の作り上げたイメージにそぐわない何か、許容できない何かが生じてきたときに、ふいにパリン!と壊れてしまったりする。
そうなってしまったら、それほど大事だった音楽を聴くことに今度は痛みが伴うようになる。
酷いときには聴けなくなってしまう。
…と、思う。
でもたぶん、高木さんの場合は大丈夫。
高木さんの音楽って、ご本人の内的世界の反映って感じがあんまりしないというか。
自分を知ってほしいみたいなのがあまり感じられない。
むしろそういうのほとんど無い気がする。
音楽の方が高木さんを引っ張っている感じというか。
この感覚は内田光子さんのモーツァルトを聴いてるときの感じに似ている。
いい意味で、少し音楽とご本人の間に距離があるというか。
距離?…いや、一体やな。うーん…何といえばいいのか。
脚色がない、という方が正しいのかな。
内田光子さんもやけど、あの方の場合、モーツァルトの音楽が身体に憑依しているみたいな印象を受けるんやけど、高木さんも、高木さんに降りてきた音楽が憑依しているみたいな感じがする。
何やらエラそうに色々書いてしまっているけど、
私は楽器やってるけど、音楽のことそんな知らないです。
すいません。
ただ、感覚的にそう感じるという話。
心が動いたので書いてしまった。
・・
Tai Rei Tei Rioコンサートの音楽、繰り返し聴いてたら段々気持ち良くなってきた。
これはきっと救済の音楽やなぁ。
今はもう安心して浸れる。
委ねて大丈夫な音楽。
唯一無二の本当に綺麗で美しい音。
ただ感じるだけでいい音楽。
当時の私に聴かせてあげたいわ。
(そしてこのDVDを入手してほしい!)
高木正勝 Takagi Masakatsu - 'Tai Rei Tei Rio' 2008
https://www.youtube.com/watch?v=qa8VX0uXfjA
あの頃。
私はとても元気が無くて、毎日朝の来るのが苦痛でしょうがなかった。
淀んだ空気が常にまとわりついて、綺麗な空気を吸おうもんなら過呼吸になるみたいな。
気づいたら涙がこぼれていたりもして。
高木さんが2008年にしたというコンサートの映像を観て、このコンサートを当時の私がリアルタイムで目撃していたらすごく良かった気がした。
正直、最初観たとき、ザワッと…ちょっとした恐怖を感じた。
ちょっとした?いや、かなり。
怖い、と思った。
なんやろう。響くものが大きすぎたときに感じる恐ろしさというか。
ものすごく響くのでびっくりした。
これを当時の私が聴いて目撃していたら、きっとどっぷり浸かってハマリこんでいたに違いない。
高木さんの音源、全部聴いたやろうな。
あと、神話も調べて、民族音楽とかもどんどん聴いてってかなりやってたと思われる。
私、そういうことしちゃうので。笑
抑えられない衝動というか。
音楽って癒しである一方で特定のものにハマりこむことには恐さも同時にある気がする。
それが創作曲であるとき、特に。
その音楽を好き!!ってなったら、音楽を創り出すその人のことも好き!!ってなって、
でもその人と自分は直接出会っているわけではないから、音楽を介した虚像がどんどん膨らんでいく。
その虚像は自分の理想とする何かをふんだんに含んだ姿だから、あるとき自分の作り上げたイメージにそぐわない何か、許容できない何かが生じてきたときに、ふいにパリン!と壊れてしまったりする。
そうなってしまったら、それほど大事だった音楽を聴くことに今度は痛みが伴うようになる。
酷いときには聴けなくなってしまう。
…と、思う。
でもたぶん、高木さんの場合は大丈夫。
高木さんの音楽って、ご本人の内的世界の反映って感じがあんまりしないというか。
自分を知ってほしいみたいなのがあまり感じられない。
むしろそういうのほとんど無い気がする。
音楽の方が高木さんを引っ張っている感じというか。
この感覚は内田光子さんのモーツァルトを聴いてるときの感じに似ている。
いい意味で、少し音楽とご本人の間に距離があるというか。
距離?…いや、一体やな。うーん…何といえばいいのか。
脚色がない、という方が正しいのかな。
内田光子さんもやけど、あの方の場合、モーツァルトの音楽が身体に憑依しているみたいな印象を受けるんやけど、高木さんも、高木さんに降りてきた音楽が憑依しているみたいな感じがする。
何やらエラそうに色々書いてしまっているけど、
私は楽器やってるけど、音楽のことそんな知らないです。
すいません。
ただ、感覚的にそう感じるという話。
心が動いたので書いてしまった。
・・
Tai Rei Tei Rioコンサートの音楽、繰り返し聴いてたら段々気持ち良くなってきた。
これはきっと救済の音楽やなぁ。
今はもう安心して浸れる。
委ねて大丈夫な音楽。
唯一無二の本当に綺麗で美しい音。
ただ感じるだけでいい音楽。
当時の私に聴かせてあげたいわ。
(そしてこのDVDを入手してほしい!)
高木正勝 Takagi Masakatsu - 'Tai Rei Tei Rio' 2008
https://www.youtube.com/watch?v=qa8VX0uXfjA
少しのこと
- 2016/10/24 (Mon)
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娘の、寝入りそうでなかなか寝ないとき、というのがあって。
その瞬間がとても好きだ。
夜、娘を寝かしつけるとき、私は抱っこでゆらゆらしたりしない。
添い乳(寝ながら授乳すること)も数えられる程しかしたことがない。
ほとんど添い寝だ。
消灯し、シンとした中で娘の布団のそばに並んで横になり眼を閉じる。
娘があーあーと声を出したらすかさず娘の額に顔を引っ付けてお腹をさすり、「おるよ、おるよ」と言う。
娘の顔がパァっと明るくなって思わず笑ってしまう。
その後、娘が声を出したらそれに応えてしばらくお話をしたりする。
あーうー、「あーうー」
うーうー、「うーうー」
娘が笑う、私も笑う。
少しして、また側で横になり眼を閉じる。
薄眼を開けて隣を伺うと、娘がまどろみつつある。
まどろみながら眠くて仕方がない声で、あーあーと私を呼ぶ。
再び娘の額に顔を引っ付けて、お腹をさする。
娘が眼を閉じたまま微笑む、私も微笑む。
こんなのを大体三回くらいしたらスイッとあるとき寝てしまう。
時間にして30分くらいかな。
途中、眠いのに必死に瞼を開けようとする様が可愛くて、もうねんねせんでもええよ、と言ったりもする。
それでも最後は寝てしまう。
寝かしつけるときはいつもとても幸福で少しばかり切ない。
毎日、この子はどんな子で、今何を思っているのかを考えるのが楽しい。
おもしろい。
子どもといると、何かをしなくてはという焦燥感みたいなのがなくなっている気がする。
必要な日々の営みというのはもちろんあるんやけど、今はそれを抜きにしたら、娘の側で時間を過ごしていること以上に有意義な時の流れはないのではとすら感じる。
この子の中に閃きがあって、考察があって、不思議が山盛り詰まっている。
目が離せないとはこのことだと思う。
人間はたった70年から90年くらいしか生きなくて、宇宙の時間軸から考えたら一人の人間の生きる時間なんてあって無いようなもの。
20年で死んでも80年で死んでもきっと大差が無いのだ。
そのわずかなときをどういきるかということを最近また考えている。
毎日が少しずつ幸せであるように。
季節の美味しいものを少しずつ、肌に合った気持ちのいい服を少しずつ、過ごしやすい部屋で少しずつ。
昨日は丹波の黒枝豆を食べた。
枝付きのものが手に入ったのでハサミでちょきんちょきんとして良い塩梅で茹で上げて。
シシャモを焼き、小松菜と人参のお味噌汁に、下味をつけておいた鶏肉をカラッと揚げた。
水菜とトマトを切り自家製リンゴドレッシングを掛けたら、思いの外、食卓が賑やかになった。
夫がおかわりをして私もおかわりをした。
余ったおかずは今日のお弁当に。
最近、ベランダで小さなプランター菜園を始めようかと思っている。
少しずつ、少しずつ。
その瞬間がとても好きだ。
夜、娘を寝かしつけるとき、私は抱っこでゆらゆらしたりしない。
添い乳(寝ながら授乳すること)も数えられる程しかしたことがない。
ほとんど添い寝だ。
消灯し、シンとした中で娘の布団のそばに並んで横になり眼を閉じる。
娘があーあーと声を出したらすかさず娘の額に顔を引っ付けてお腹をさすり、「おるよ、おるよ」と言う。
娘の顔がパァっと明るくなって思わず笑ってしまう。
その後、娘が声を出したらそれに応えてしばらくお話をしたりする。
あーうー、「あーうー」
うーうー、「うーうー」
娘が笑う、私も笑う。
少しして、また側で横になり眼を閉じる。
薄眼を開けて隣を伺うと、娘がまどろみつつある。
まどろみながら眠くて仕方がない声で、あーあーと私を呼ぶ。
再び娘の額に顔を引っ付けて、お腹をさする。
娘が眼を閉じたまま微笑む、私も微笑む。
こんなのを大体三回くらいしたらスイッとあるとき寝てしまう。
時間にして30分くらいかな。
途中、眠いのに必死に瞼を開けようとする様が可愛くて、もうねんねせんでもええよ、と言ったりもする。
それでも最後は寝てしまう。
寝かしつけるときはいつもとても幸福で少しばかり切ない。
毎日、この子はどんな子で、今何を思っているのかを考えるのが楽しい。
おもしろい。
子どもといると、何かをしなくてはという焦燥感みたいなのがなくなっている気がする。
必要な日々の営みというのはもちろんあるんやけど、今はそれを抜きにしたら、娘の側で時間を過ごしていること以上に有意義な時の流れはないのではとすら感じる。
この子の中に閃きがあって、考察があって、不思議が山盛り詰まっている。
目が離せないとはこのことだと思う。
人間はたった70年から90年くらいしか生きなくて、宇宙の時間軸から考えたら一人の人間の生きる時間なんてあって無いようなもの。
20年で死んでも80年で死んでもきっと大差が無いのだ。
そのわずかなときをどういきるかということを最近また考えている。
毎日が少しずつ幸せであるように。
季節の美味しいものを少しずつ、肌に合った気持ちのいい服を少しずつ、過ごしやすい部屋で少しずつ。
昨日は丹波の黒枝豆を食べた。
枝付きのものが手に入ったのでハサミでちょきんちょきんとして良い塩梅で茹で上げて。
シシャモを焼き、小松菜と人参のお味噌汁に、下味をつけておいた鶏肉をカラッと揚げた。
水菜とトマトを切り自家製リンゴドレッシングを掛けたら、思いの外、食卓が賑やかになった。
夫がおかわりをして私もおかわりをした。
余ったおかずは今日のお弁当に。
最近、ベランダで小さなプランター菜園を始めようかと思っている。
少しずつ、少しずつ。
ちゃにちゃに
- 2016/10/20 (Thu)
- 日々のこと |
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風邪、遂に私も罹患。
ここ数日止まらぬ咳と鼻水に耐えてきたけれど、さすがに今朝は頭痛までしてきてツライ。
心配した夫が今日は休める日だからと休んでくれた。
近所の診療所に行き、授乳中でも飲める薬をもらって飲んだ。
じきに眠くなるらしい。
…
夫が娘と一生懸命遊んでくれている。
先ほどはバギーで公園まで散歩に行き、ブランコに一緒に乗ったらしい。
首すわり前の赤ちゃんを抱っこしてのブランコは女の人には少しハードルが高い、と思う。
私なんかはもし落としたらと思うと怖くて躊躇してしまうけど、男の人ならできるのだな。
家に帰ってきてからは布団であやしているのだけど、娘が声を出して笑っている。
「ちゃにちゃに!」(舌を二回鳴らす)「ちゃにちゃに!」(舌を二回鳴らす)
舌を鳴らすところで顔を近づけて目を大きく見開く動作付き。
娘は手足をばたつかせてヒャヒャヒャッと笑う。
夫は子どもをあやすのが上手いと思う。
面白い音の繰り返しと変化する表情で、娘の心、沸き立つ沸き立つ。
こういう遊びをこれくらいの月齢の子が好むとか、そういうの知らないでやっている。
直感力が成せるわざか。
少しばかり、嫉妬。
夫いわく、娘が公園の木に興味を示してたよ、と。
手に触れた葉っぱを引っ張ったり、揺れる木々をじっと見つめたり。
こういう体験、きっと大事だ。
外出を楽しめるくらいには育ってきたから、これから寒くなるまでの間にできるだけたくさん色んなものを見せて感じさせてあげたい。
願わくばもう少し自然のあるところに住めたらいいのにな。
まずは風邪を治さなくては…。
ここ数日止まらぬ咳と鼻水に耐えてきたけれど、さすがに今朝は頭痛までしてきてツライ。
心配した夫が今日は休める日だからと休んでくれた。
近所の診療所に行き、授乳中でも飲める薬をもらって飲んだ。
じきに眠くなるらしい。
…
夫が娘と一生懸命遊んでくれている。
先ほどはバギーで公園まで散歩に行き、ブランコに一緒に乗ったらしい。
首すわり前の赤ちゃんを抱っこしてのブランコは女の人には少しハードルが高い、と思う。
私なんかはもし落としたらと思うと怖くて躊躇してしまうけど、男の人ならできるのだな。
家に帰ってきてからは布団であやしているのだけど、娘が声を出して笑っている。
「ちゃにちゃに!」(舌を二回鳴らす)「ちゃにちゃに!」(舌を二回鳴らす)
舌を鳴らすところで顔を近づけて目を大きく見開く動作付き。
娘は手足をばたつかせてヒャヒャヒャッと笑う。
夫は子どもをあやすのが上手いと思う。
面白い音の繰り返しと変化する表情で、娘の心、沸き立つ沸き立つ。
こういう遊びをこれくらいの月齢の子が好むとか、そういうの知らないでやっている。
直感力が成せるわざか。
少しばかり、嫉妬。
夫いわく、娘が公園の木に興味を示してたよ、と。
手に触れた葉っぱを引っ張ったり、揺れる木々をじっと見つめたり。
こういう体験、きっと大事だ。
外出を楽しめるくらいには育ってきたから、これから寒くなるまでの間にできるだけたくさん色んなものを見せて感じさせてあげたい。
願わくばもう少し自然のあるところに住めたらいいのにな。
まずは風邪を治さなくては…。
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