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手をつなぐ

日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。

とても久しぶりに。

とても久しぶりに三宮の街を歩いた。
私が高校時代を過ごした街。
海を見ながら電車に揺られて、毎日のように下車して歩いた。
始めて知った、まち。
あの頃、三宮はとても大きな街だと思っていた。
何でもあって、知らない何かに満ち溢れていて、いつもワクワクした。
私は何にも知らなくて、知らないことにも気づいてなくて、でもそんなことはどうでも良くて。
何でもできるような、どこにだって行けるような、そんな気がするのに、でもどうすれば行けるのか、何ができるのか、わからなかった。
抱えきれない期待と自意識。
別に明日死んだっていいしな、なんて思ったりもして。
見上げた空がとても青くて、鮮やかで、手におえない。
息苦しさの正体を探していた。
あの頃。







久しぶりの街は戸惑うほど様変わりしていた。
いつもの待ち合わせスポットは跡形もなく消え去っていて、駅の名前すら変わっていた。
なんとなく寂しいような気がした。
変化の過程を全く知らないくらいこの街から離れていたくせに。
勝手やな。


あの頃の私が今の自分を見たら何を思うかな。
大人になった?落ち着いた?
いや…
大丈夫かなって思われそうだ。



これが正しいという信念のようなものはどこから湧き出てくるんやろう。
私はいつもどこか宙ぶらりんで所在ない気がする。
母になったのにな。





懐かしい人と懐かしい話をしたい気分。
海を見に行きたい。

















誰にもいわずにおきましょう
朝のお庭のすみっこで、花がほろりと泣いたこと。
もしも噂がひろがって蜂のお耳へはいったら、
わるいことでもしたように、蜜をかえしに行くでしょう。



金子みすず 『露』









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いもうと

娘が指にやけどをして、初めて夜間救急受診した。
最近、寝返りがスピーディーになってきたな、注意しないとと思っていた矢先。
ごろごろとファンヒーターの送風口まで転がって行ってそのまま指が中に。
実はその瞬間を私は見ていない。
お湯を沸かそうと背を向けた一瞬のこと。
叫ぶみたいな泣き声と、娘の位置がヒーターの傍に移動しているのを見て直感的に事態を把握。
真っ先に手を見たら、右手の中指と人差し指の側面が白くなっている。
半ば気が動転した状態で、泣き叫ぶ娘の手を水道の蛇口の下へ持っていき、電話に出られない夫に代わって妹に電話。
妹に状況を話すと、まずはそのまま流水で冷やすよう指示あり。
続けて、皮膚が白くなってるなら病院に行った方がいい、けど、ちょっと数分そのまま待っててと言われ…。
待っている間、夜間の小児救急外来の連絡先を調べたりしていたら、妹から再度連絡あり。
小児科の救急外来ではなく総合病院の救急に今すぐ電話するようにとの指示と、タクシーが10分後に家の前に着くからそれに乗って向かって、と。
妹に言われるがまま、総合病院に電話し事情を伝えると、娘の号泣声も後押ししてか、今すぐ来てくださいとなった。
動転しながらもとりあえず娘の防寒だけはしっかりして外へ出たら、タクシーの運転手さんが大きな伸びをしながら待っていた。

妹いわく、火傷はケガなので、内科的疾患を診る小児科では診れないと判断し、消防署に問い合わせて外科のある救急窓口の連絡先を聞いたのだそう。
そしたら形成外科の当直医がいる総合病院を勧められたのだと。
私が妹に電話してから、再度妹から電話がかかってくるまで5分も経っていなかったと思う。
妹は看護師なのだ。
アイスノンにタオルを巻きつけて冷やしながら行ってね!と言われ、そのとおりにしたら、病院の看護師さんやお医者さんに褒められた。
適切な処置ですね、と。
幸い、娘の火傷は軽症で、1~2週間ですっかり治る見込みと聞いてホッとした。
でも、これからこういうこと増えるんやろうなぁ。はぁ…。しっかりしないと…!!

妹は本当に頼りになる。
どこかしら心もとなさの漂う私とは違い、現実をシビアに生きていていつも冷静。
大体悩んだら妹に一回聞いてみるようにしている。
私の認識と世間の常識的な判断との間にズレがある場合、妹からの鋭い指摘によって修正されることが多い。
私は気まぐれな上に、色んなことに境界を引くのをためらうところがあるから。
まあいっか~とすぐに思ってしまうし。
でも、世の中的にはそうではないという厳しい現実を、妹はちゃんと教えてくれる。
ありがたい。

たまたま三姉妹で生まれて、私は長女で。
昔は兄がいたら良かったのにと思ったりもしたけど、今は姉妹って最高やなぁと心から思う。
遠慮なく何でも相談できて頼れて。
もしかして異性兄妹でも仲がいいところは同じ感じなのかな?
なんにせよ、仲良く育ってきて今もこうして仲良くいられることが嬉しい。
妹にとっては頼りない姉で、それは少し申し訳なくもあるけれど…。

なんか今すごい歌声が外から聴こえてきて、何やろとベランダから覗いたら、天理教の人たちやった…!


徒然。




誕生日のこと

私の体調が戻ったので、また娘と一日中ベッタリ生活に戻ったら、娘の夜泣きが格段に減った。
うーん…やはりそうなのか。
母の存在は精神の安定に相当関わっているらしい。
でも世の中みたら、娘と同じくらいの月齢で保育所入ってる子、いっぱいいるんやもんなぁ。
それってすごいことやな。
私にはまだまだ預ける勇気は無い…。
というか、一緒にいたい。
みんな、一緒にいたいけど泣く泣く預けるのかなぁ…。



どたばたな中で、私はまた一つ歳をとった。
立春を過ぎて、暦の上では春と言われる2月の終わり。
でも自分が春生まれだなんて思ったことは一度も無い。
毎年、必ずと言っていいほど誕生日の日は寒い。
今年も極寒の日だった。
実際、産まれてきた日も粉雪のちらつく寒い日だったらしい。

誕生日は夫と娘がお祝いしてくれた。
…正確には、誕生日の前日に。
夫が小さなネックレスをくれた。
毎年、何かしらのアクセサリーをくれる。
私は自分ではほとんどこの手のものを買わない。
だからこそくれるのかもしれないけど。
それを買ってきたその日にくれる。
誕生日の日にサプライズで、とか、何かしらの演出があって、とか、そういうのはできないタチらしい。
「はい!!これ!おめでとう!!」と満面の笑みで渡される。
早ければ一週間前くらいに渡されるときもある。
別の意味でのサプライズ、ともいえるけど…。

アクセサリーは小ぶりで繊細なものを選んでくれる。
目を引くような大ぶりなものは私には似合わないから、と。
本当にそうなのだ。
もともと装飾品に興味が乏しいので、たまに身につけると存在感のあるものはどうしても浮いてしまう。
こういうのは毎日つけて、お互いに歩み寄っていくものなのかもしれない。
ゴツゴツしたものを身に着けていたら、それに合わせて自分の見た目も少し派手になったりとか。

毎年、お手紙も書いてくれる。
今年はムーミンの表紙のカード。
中にはロマンチックな言葉が端々に…ということは残念ながら全くなく、なんというか、ギャグ感満載な仕上がりになっている。
手書きのイラストが描かれてあって(これがなかなかに上手い)、そのキャラクターから吹き出しが出ていて、ちょっと私を小馬鹿にしたような台詞が書き込まれている。
軽くイラッとする。
と同時に、不覚にも、クッ…と噴き出してしまう。
夫はしばしば私を馬鹿にした内容の替え歌を口ずさんでいることもある(…しばしば?しょっちゅう?)。
チラチラこちらの様子をうかがって、ニヤニヤしながら。
私が怒りだすのを待っているのだ。
それがわかっているので聞こえないふりをするけれど、しつこく歌うのでやむなく怒る。
誕生日のカードもその要素がふんだんに含まれていると思う。
一応、最後は感謝の言葉とかも書かれてはいるんやけども。

ケーキも買ってきてくれていて、一緒に食べた。
ロウソクも立てようと言うので二本ほど立て、電気を消して火をつけた。
ハッピーバースデーの曲をひとしきり歌い、さあ火を吹き消そうというときに、すかさず夫がフーッ!と思いっきり吹き消した。
そして、ハハハハハ!!と笑った。

そんな誕生日(前日)だった。
夫と私は似ていない。
全然似たところがない。
たぶん、夫は結構変わっている(”変”、という意味で…)。
一緒に居すぎて、もはや何がどう変なのかもわからなくなってるけど。
私も変、なのかな。
もしかしてそこが共通点?
それはなんかちょっと不本意やけど。
そうなのかも。

移ろい漂う感情、睡魔

とても眠い。
夜中、娘がほぼ1時間置きくらいに起きてきた。
というのも、昨日は私の体調が優れず、娘はほぼ夫にベッタリだった。
こんなときいつも、夜中になると何か不安に駆られたみたいに起きてくる。
そこにおるよね?おるよね?と。
おるよ、おるよ、と言ってもなかなか不安はぬぐえないらしい。
何度も起きてきては半べそで、おるよね?おるよね?
おるよ、おるよ、…も、ここまで頻回やとなかなか大変。
こんなことなら昼間しんどくても頑張ってみてあげてた方が良かったか、とも思ったり。
…仕方がない。

子育てに必要なものは愛情と、あとは体力。
同じような境遇にある人で、これに異論のある人はあまりいないんじゃなかろうか。
体力は必須。
絶対に必要なもの。

・・・

久しぶりにブラームスのピアノ協奏曲を聴いている。
この曲、この演奏が好きで、盤も持っている。
https://www.youtube.com/watch?v=arKoBwtmuX0
ツィマーマンがとても若い。
指揮はバーンスタイン。
よく観ているとおもしろい動きをする。
世界的に有名になった初めてのアメリカ出身の指揮者?やったかな。
 4分40秒頃からツィマーマンのピアノが入る。
その瞬間がとても好き。
音の世界に感情が芽生えたみたいな。
キュッとなる。
ピアノ協奏曲第1番はたしかブラームスの最初の大作で、師匠であるシューマンの奥さんクララに対する断ち切れない想いなんかも込められている…らしい。
実際にブラームスがそんなことを語っていたのかは不明やけど。
でもたしかに…。
抑えきれない情熱のようなものを感じる曲ではある。
その辺が好きなのかな。

自分でも理由がわからないけれど好き、というのがある。
なんで好きなんかなと考えて、たぶんこうやなと思ってみても、目に見えない感情に無理矢理枠をはめたみたいな違和感があるような。
もっと移ろいやすくて、ボンヤリしていて、ただただ広がっていくみたいな。
ときどき高鳴ったり、あるときぐっと掴まえられて静かに幽閉されたり。
私にとっての”好き”というのはそういうイメージなのかも。
(これまた言葉にしてみると、やっぱりどこか限定的な感じがしてしまうけれど。)

眠いときに書くとこういう文になるんやな。
夢を見ているような。ゆらゆらとしたことばの羅列。

少し昼寝をしたらすっきり元気になるかな。


・・・

高木さんのコンサート、オーケストラとかぁ。行きたいな。
アルバムも出るんやな。
聴きたい。

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