手をつなぐ
日々のこと、好きなもののことなどツラツラ書きます。
走り書き
このブログ、見てる人いるのかな…。
まぁいいや。
久しぶりに。
・・・
最近アマゾンプライムがテレビに入って(?)、youtubeの映像をテレビでよく見ている。
夫はどろろとか笑うセールスマンとか、そのほか私のよくわからないマニアックなお笑い系の
映像を見ているけれど、私はライブ映像が昔から大好きなので主にはそれらを。
今よく聞いているもの。
danzon no.2
https://www.youtube.com/watch?v=ZXeWiixwEz4
ダンソン・ヌメロ・ドスと読むらしい。
メキシコ人現代音楽家の人が作曲した曲で、いろんなオーケストラ、いろんな指揮者のバージョンがあるけれど、このグスターボ・ドゥダメル指揮・シモンボリバルユースオーケストラの演奏が素晴らしいなと思う。
ドゥダメル自身がベネズエラの出身で、彼は中南米の作曲家の曲を「われわれの曲」というのだとか。
そう言うだけあって、ほかのオーケストラの演奏とは明らかに何かが違うと感じる。
何度か聴いてみて(というか、何度聴いても飽きなくて)、思ったのが、この曲のリズムや旋律がオーケストラのメンバー全員の根底に根付いてるというのがあるのかなと。
奏者の身体に、精神の奥底に染みついている、”われわれの”音楽。
クラシックの作曲家が作った曲で楽器も西洋の楽器なんやけど、この人たちが奏でると民族音楽のように聞こえて、血が沸き立って、身体が自然と動き出すような。
この演奏を聴いてほかのオーケストラのバージョンを聴くとちょっと物足りないというか…
譜面に書かれてある内容は同じなのに、これだけ違いが出るって、音楽はやっぱりおもしろいな。
つかの間の息抜きでした。
ちなみにグスターボ・ドゥダメル、1981年生まれでまだ38歳!
ローマ教皇の80歳の誕生記念コンサートで全ヨーロッパに中継されたという「新世界より」の演奏もとても好きなんやけど、そのときなんて26、27歳くらい?
わっかい!笑(クラシックの世界では…)
いつかコンサートを聴きにいける日がくればいいな。
そうそう、最近家族が一人増えてとってもてんやわんやに拍車がかかっている。
赤ちゃんのかわいさったらないなぁ。
けどその反面?、上の子が荒れに荒れて…苦笑
子育てって難しい。。。
子育てはただひたすら”待つ”ことができるかにかかっているらしい。
できるようになるまで待つ、わかるまで待つ、落ち着くまで待つ、力を信じて待つ。
言葉にすると簡単なのに、実践することの難しいこと!
待ち合わせ場所でずっと待つのは全然苦じゃなく得意なんやけどなぁ。
音楽聴きながらのんびりやっていこう。
まぁいいや。
久しぶりに。
・・・
最近アマゾンプライムがテレビに入って(?)、youtubeの映像をテレビでよく見ている。
夫はどろろとか笑うセールスマンとか、そのほか私のよくわからないマニアックなお笑い系の
映像を見ているけれど、私はライブ映像が昔から大好きなので主にはそれらを。
今よく聞いているもの。
danzon no.2
https://www.youtube.com/watch?v=ZXeWiixwEz4
ダンソン・ヌメロ・ドスと読むらしい。
メキシコ人現代音楽家の人が作曲した曲で、いろんなオーケストラ、いろんな指揮者のバージョンがあるけれど、このグスターボ・ドゥダメル指揮・シモンボリバルユースオーケストラの演奏が素晴らしいなと思う。
ドゥダメル自身がベネズエラの出身で、彼は中南米の作曲家の曲を「われわれの曲」というのだとか。
そう言うだけあって、ほかのオーケストラの演奏とは明らかに何かが違うと感じる。
何度か聴いてみて(というか、何度聴いても飽きなくて)、思ったのが、この曲のリズムや旋律がオーケストラのメンバー全員の根底に根付いてるというのがあるのかなと。
奏者の身体に、精神の奥底に染みついている、”われわれの”音楽。
クラシックの作曲家が作った曲で楽器も西洋の楽器なんやけど、この人たちが奏でると民族音楽のように聞こえて、血が沸き立って、身体が自然と動き出すような。
この演奏を聴いてほかのオーケストラのバージョンを聴くとちょっと物足りないというか…
譜面に書かれてある内容は同じなのに、これだけ違いが出るって、音楽はやっぱりおもしろいな。
つかの間の息抜きでした。
ちなみにグスターボ・ドゥダメル、1981年生まれでまだ38歳!
ローマ教皇の80歳の誕生記念コンサートで全ヨーロッパに中継されたという「新世界より」の演奏もとても好きなんやけど、そのときなんて26、27歳くらい?
わっかい!笑(クラシックの世界では…)
いつかコンサートを聴きにいける日がくればいいな。
そうそう、最近家族が一人増えてとってもてんやわんやに拍車がかかっている。
赤ちゃんのかわいさったらないなぁ。
けどその反面?、上の子が荒れに荒れて…苦笑
子育てって難しい。。。
子育てはただひたすら”待つ”ことができるかにかかっているらしい。
できるようになるまで待つ、わかるまで待つ、落ち着くまで待つ、力を信じて待つ。
言葉にすると簡単なのに、実践することの難しいこと!
待ち合わせ場所でずっと待つのは全然苦じゃなく得意なんやけどなぁ。
音楽聴きながらのんびりやっていこう。
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遠い記憶
本当に気まぐれな、なにげない思い出のつれづれなる記録。
…
基本的に人と争いたくないと思っている。
・・なんやけど、よくわからないゴタゴタにしばしば巻き込まれることがある。
私が社会人になって初めて勤めた職場でのこと。
一番仲良くしていた同期の子がある日突然死んでしまった。
上司との関係に悩んでいた。
もともと鬱の既往歴があったことを後から知った。
私はたびたび涙目になっている彼女をすぐ傍で見ていたのに、事態の深刻さに全く気付けていなかった。
死ぬなんてのはもっと先の遠い遠くにあるものだと。
そのときはそう思っていた。
だからあの知らせを受けた日の夜の衝撃は今でも忘れられない。
何度も何度も反芻し、深く深く刻まれた痛い記憶。
一番最初に直面した”死”は、大学の同級生のそれだった。
彼女は拒食症でがりがりに痩せていた。
出会ったときにはそんな姿だったしそれほど親しかったというわけでもなかったので
そこまでの状態に至った経緯や詳細はよくわからない。
私はお通夜もお葬式も参列した。
お通夜の夜、高校時代の同級生らしき男の子たちが3人揃って棺の前でおんおん泣いていた。
遺影の中の彼女は別人のように綺麗で、私は彼女がとても美人だったことをそのとき知った。
いろんな人の涙から悲しみがつたってきたけれど、本当の悲しみはそのときの私にはまだわからなかった。
わかっていなかった。
・・・
同僚が死んだ後、私はだいぶおかしくなっていた。
まだ24歳だったし、本当の悲しみに出会ったのはそのときがおそらく初めてだったから。
どうしたらいいかわからず混乱した。
デスクワークをしながらわけもなく涙があふれてきたり、突然気分が悪くなって立ち上がった途端に倒れたりもした。
見かねた大人たちが慌てて、私をカウンセラーのもとへ連れていったり、
「人生、まだまだつらいことがこれからあるんだ、こんなことでくじけてちゃいけない」とお説教したりした。
あるときは「みんなを困らせて何がしたいの!」と叱られたりもした。
けど、どうしたらいいか本当にわからなかったのだ。あのときは。
今となってみたら、大人たちがそんな私を不憫に思っていたことや、
胸を痛めていたこと、ただただ励ましたい一心であったこと、そんなのがよくわかる。
あの頃。
仕事はその後も忙しくて、表面上は淡々とこなしていたけれど、いつも心ここにあらずで
どこにも自分の居場所がないような気がしていた。
私は何をしていけばいいのかわからなかった。
彼女が死んで、続けて入った後任の人まで死んでしまって、職場が大混乱になったとき。
上司が私を別室に呼んで、「君に会わせる顔がない。申し訳ない」となぜか謝られたこと。
労働組合の会合で、人が二人死んだのに、「この件については職場の問題として扱わない」と決まり、なんだか何もかもがどうでもよくなってその場で席を立ち会議室を去った夜のこと。
全くやりがいのない事務作業を淡々とこなしながら、それでも仕事だけは早かったから、余った時間、延々とネットを見て時間をつぶしていた時期もあったな。
そんなふうに過ごしていたら辞令が出て、ものすごく精神衛生の不良な部署への異動が決まった日の夜。
辞表を書いた。
翌日それを提出したら、人事権のある幹部職から直接呼出しをくらって、密室で2時間以上大声で罵倒された。
でもなぜだか全然怖くもなく平気で、半分以上聞き流していた。
最後に「考え直してきなさい」と言われたけど全く考え直さずに、翌日、「もうやることはやりきったので辞めます」とだけ伝えた。
幹部は呆れて笑いながら、「女の人は強いな、こんだけ言っても辞めるか」とだけ言った。
三日後、私は退職した。
・・・
なんだか本当にめちゃくちゃやったな。
本当にいろんなことが投げやりでどうでもよかった。
ただあのとき、父は私に、「死んだ子の件はどうなった?ちゃんと職場としてきちんと向き合うように訴えないとダメだ」と繰り返し言っていたんやった。
一度逃げたらこの先ずっと逃げることになる、とも。
この言葉が何度も何度も頭の中をぐるぐるとした。
けれど私は結局、その件については何もできなかった。
やろうともしなかった。
ただただ悲劇の中に一人いて、ふてくされて腐っていただけだった。
本当に何もできなかった。
何も。
…ということをふいに思い出していた。
とても遠い出来事なのに、なぜだか涙が出てきた。
でもこうして何度も思い出すことが一番の供養だと聞いたことがあるから
だからこれはこれでいいのかもしれない。
いつもは忘れているのにね。
忘れないでいるのはきっと難しいことだから。
だからここに書いておこうと。
もうすぐ満月。
長い長いひとりごとの夜。
…
基本的に人と争いたくないと思っている。
・・なんやけど、よくわからないゴタゴタにしばしば巻き込まれることがある。
私が社会人になって初めて勤めた職場でのこと。
一番仲良くしていた同期の子がある日突然死んでしまった。
上司との関係に悩んでいた。
もともと鬱の既往歴があったことを後から知った。
私はたびたび涙目になっている彼女をすぐ傍で見ていたのに、事態の深刻さに全く気付けていなかった。
死ぬなんてのはもっと先の遠い遠くにあるものだと。
そのときはそう思っていた。
だからあの知らせを受けた日の夜の衝撃は今でも忘れられない。
何度も何度も反芻し、深く深く刻まれた痛い記憶。
一番最初に直面した”死”は、大学の同級生のそれだった。
彼女は拒食症でがりがりに痩せていた。
出会ったときにはそんな姿だったしそれほど親しかったというわけでもなかったので
そこまでの状態に至った経緯や詳細はよくわからない。
私はお通夜もお葬式も参列した。
お通夜の夜、高校時代の同級生らしき男の子たちが3人揃って棺の前でおんおん泣いていた。
遺影の中の彼女は別人のように綺麗で、私は彼女がとても美人だったことをそのとき知った。
いろんな人の涙から悲しみがつたってきたけれど、本当の悲しみはそのときの私にはまだわからなかった。
わかっていなかった。
・・・
同僚が死んだ後、私はだいぶおかしくなっていた。
まだ24歳だったし、本当の悲しみに出会ったのはそのときがおそらく初めてだったから。
どうしたらいいかわからず混乱した。
デスクワークをしながらわけもなく涙があふれてきたり、突然気分が悪くなって立ち上がった途端に倒れたりもした。
見かねた大人たちが慌てて、私をカウンセラーのもとへ連れていったり、
「人生、まだまだつらいことがこれからあるんだ、こんなことでくじけてちゃいけない」とお説教したりした。
あるときは「みんなを困らせて何がしたいの!」と叱られたりもした。
けど、どうしたらいいか本当にわからなかったのだ。あのときは。
今となってみたら、大人たちがそんな私を不憫に思っていたことや、
胸を痛めていたこと、ただただ励ましたい一心であったこと、そんなのがよくわかる。
あの頃。
仕事はその後も忙しくて、表面上は淡々とこなしていたけれど、いつも心ここにあらずで
どこにも自分の居場所がないような気がしていた。
私は何をしていけばいいのかわからなかった。
彼女が死んで、続けて入った後任の人まで死んでしまって、職場が大混乱になったとき。
上司が私を別室に呼んで、「君に会わせる顔がない。申し訳ない」となぜか謝られたこと。
労働組合の会合で、人が二人死んだのに、「この件については職場の問題として扱わない」と決まり、なんだか何もかもがどうでもよくなってその場で席を立ち会議室を去った夜のこと。
全くやりがいのない事務作業を淡々とこなしながら、それでも仕事だけは早かったから、余った時間、延々とネットを見て時間をつぶしていた時期もあったな。
そんなふうに過ごしていたら辞令が出て、ものすごく精神衛生の不良な部署への異動が決まった日の夜。
辞表を書いた。
翌日それを提出したら、人事権のある幹部職から直接呼出しをくらって、密室で2時間以上大声で罵倒された。
でもなぜだか全然怖くもなく平気で、半分以上聞き流していた。
最後に「考え直してきなさい」と言われたけど全く考え直さずに、翌日、「もうやることはやりきったので辞めます」とだけ伝えた。
幹部は呆れて笑いながら、「女の人は強いな、こんだけ言っても辞めるか」とだけ言った。
三日後、私は退職した。
・・・
なんだか本当にめちゃくちゃやったな。
本当にいろんなことが投げやりでどうでもよかった。
ただあのとき、父は私に、「死んだ子の件はどうなった?ちゃんと職場としてきちんと向き合うように訴えないとダメだ」と繰り返し言っていたんやった。
一度逃げたらこの先ずっと逃げることになる、とも。
この言葉が何度も何度も頭の中をぐるぐるとした。
けれど私は結局、その件については何もできなかった。
やろうともしなかった。
ただただ悲劇の中に一人いて、ふてくされて腐っていただけだった。
本当に何もできなかった。
何も。
…ということをふいに思い出していた。
とても遠い出来事なのに、なぜだか涙が出てきた。
でもこうして何度も思い出すことが一番の供養だと聞いたことがあるから
だからこれはこれでいいのかもしれない。
いつもは忘れているのにね。
忘れないでいるのはきっと難しいことだから。
だからここに書いておこうと。
もうすぐ満月。
長い長いひとりごとの夜。
まる
なんとなく、久しぶりに。
パソコンが新しいものになって(といっても中古品なのだけれど)、
とてもサクサク動いて気持ちがいい。
といってもこのパソコンももっぱら夫が仕事関連で使う専用になっていて
私がこのパソコン机に座る時間は最近はほとんど無いのだけれども。
15年も使っていたのだ。
よく壊れずにもったなぁと思う。
昔から物持ちだけはいい方とは言え…。
・・・
今日とても素敵なコンサートに行って、久しぶりに自分の感性の扉が全開になったような気がした。
いや、別に普段閉じてるわけでもない、と思う。
けど、胸を打つ音楽に出会うと一番気持ちが開放される気がする。
そして一気に元気になれる。
子どもが生まれてから、自分のなかでは何も変わってない気がしていたけれど、
やっぱりいろいろと変わったのだと思う。
子どもがいると夜ほっつき歩くわけにはいかないし、お金も時間も身体も頭も余白がうんと減る。
なんだか気づけば季節が変わっているし、そのことにもうんと後から気づくみたいな。
だから自分のやりたいことが明確にあって、そのことを常に人生の最優先にしたい場合には
子どもはいない方がいいと思う。
実際、向いていない人もいる気がする。
子どもとの生活が。
私はどちらなんやろう。
正直今もよくわからないけれど、子どもは毎朝起きてきては「おはよう」と言い、
ごはんをむしゃむしゃ食べて、たくさんこぼして、それからとにかく私にまとわりついて、
たくさん私を手こずらせて、何より私を必要としている。
それだけははっきりとした事実で、そんな小さな存在を見ていると、なんともいとおしいような気持ちがわっと湧き起こってきたりする。
目に涙をいっぱいためて拗ねる様子やイヤイヤ!と腹を立て駄々をこねる様子。
自分が生んだはずなのに、自分とは全く違う生き物がそこにいて、呼吸をし、生きている。
ああ私はこの子の親なんやなぁ。
この子と一緒に生きているんやなぁと、ふいに何かジンと込み上げてくるものがあったり。
その昔とがってた人が子どもと暮らしてるうちに丸くなるっていうのが今、実感としてわかるような。
私は丸くなったような気がする。
久しぶりの、なんてことない独り言。
おやすみなさい。
これを目にしたどこかの誰かさんへ
パソコンが新しいものになって(といっても中古品なのだけれど)、
とてもサクサク動いて気持ちがいい。
といってもこのパソコンももっぱら夫が仕事関連で使う専用になっていて
私がこのパソコン机に座る時間は最近はほとんど無いのだけれども。
15年も使っていたのだ。
よく壊れずにもったなぁと思う。
昔から物持ちだけはいい方とは言え…。
・・・
今日とても素敵なコンサートに行って、久しぶりに自分の感性の扉が全開になったような気がした。
いや、別に普段閉じてるわけでもない、と思う。
けど、胸を打つ音楽に出会うと一番気持ちが開放される気がする。
そして一気に元気になれる。
子どもが生まれてから、自分のなかでは何も変わってない気がしていたけれど、
やっぱりいろいろと変わったのだと思う。
子どもがいると夜ほっつき歩くわけにはいかないし、お金も時間も身体も頭も余白がうんと減る。
なんだか気づけば季節が変わっているし、そのことにもうんと後から気づくみたいな。
だから自分のやりたいことが明確にあって、そのことを常に人生の最優先にしたい場合には
子どもはいない方がいいと思う。
実際、向いていない人もいる気がする。
子どもとの生活が。
私はどちらなんやろう。
正直今もよくわからないけれど、子どもは毎朝起きてきては「おはよう」と言い、
ごはんをむしゃむしゃ食べて、たくさんこぼして、それからとにかく私にまとわりついて、
たくさん私を手こずらせて、何より私を必要としている。
それだけははっきりとした事実で、そんな小さな存在を見ていると、なんともいとおしいような気持ちがわっと湧き起こってきたりする。
目に涙をいっぱいためて拗ねる様子やイヤイヤ!と腹を立て駄々をこねる様子。
自分が生んだはずなのに、自分とは全く違う生き物がそこにいて、呼吸をし、生きている。
ああ私はこの子の親なんやなぁ。
この子と一緒に生きているんやなぁと、ふいに何かジンと込み上げてくるものがあったり。
その昔とがってた人が子どもと暮らしてるうちに丸くなるっていうのが今、実感としてわかるような。
私は丸くなったような気がする。
久しぶりの、なんてことない独り言。
おやすみなさい。
これを目にしたどこかの誰かさんへ
直感という確信
私が紹介して引き合わせたカップルが先日結婚した。
もともと女の子(Sちゃん)の方と親しくしていて、
あるとき誰か紹介できたらという話になり、
直感的に思い浮かび紹介したのが彼(Tくん)だった。
私は二人を引き合わせた人物として結婚式でスピーチをした。
そのときに話したことばを少し引用すると、
「…あるときいつものようにSちゃんと二人でお茶をしながら、
どこかに良い出会いがないかという話題になり、
そのとき私の頭のなかにパッと思い浮かんだのがTくんの姿でした」
で、そのあと早速Tくんに連絡するとすぐさま駆けつけてきてくれて
それが二人の出会いとなった、というわけなんやけども…
実を言うと、Tくんに連絡をした時点でこれはうまくいくと既に私は感じていて、
TくんとSちゃんが初対面を果たした瞬間にその思いはほぼ確信に変わっていた。
こういう確信を何て呼べばいいのかわからないけれど。
第六感?
やっぱり、直感、かな?
二人の中に確実に同じものがあって、それを嗅ぎ取った、ともいうのか、
うまく言えないけれど。
結局紹介したその日は30分ほど3人でお茶をして、私はそこでおいとまし、
後は二人で過ごしてもらったのやけど、その後二人は初対面にもかかわらず
お店を替えて三時間も尽きない話をしていたらしい。
ちなみに二人とも特別饒舌なタイプではないと思う。
惹き合う力が二人を饒舌にさせたのかもしれない。
これは披露宴のスピーチでも本人たちにも言ってないのやけども、
二人を引き合わせた帰り道、私は二人がきっと結婚するような気がしていた。
それで夫にだけはそれを伝えた。
夫はびっくりして、そんなことまだわからんやろうと言っていたけど。
これまたうまくいえないけれど、確信めいた直感でそう思ったのだった。
昔、父が、第六感というのはきっと誰しもが本来持っているものなんだと言っていた。
その力に気づいているか気づいていないかの違いなのだと。
たぶんだから私が今回経験したこともその類のことなんやと思う。
もしかして、悲しい結末の映画を観るのが苦手なのもそのせいなのかな。
恐怖も悲しみも自分の身に起こったみたいに感じて痛い。
その痛みが怖くて、痛くて、観れない。
子どもの頃、アンネの日記を読んだ後にしばらくずっとアンネの世界が抜けなくて、
怖くて、怖くて。
みんな読んでた裸足のゲンは読まなかった。
火垂るの墓も一度観たっきり観ていない。
スピリチュアル的な何かでも、ましては特異体質でも何でもないと思うのだけど。
…こういうこと書こうと思ってなかったんやけどな。
ま、いっか。
一つだけ。
SちゃんもTくんも人との付き合いにおいて駆け引きの無い人で。
思ったことを率直に伝えるってこと、できない人はできなかったりするよね。
恋愛において駆け引きなんて必要ないと私は思うから。
結婚式の日、二人がお互いにすごく信頼し合っているのが伝わってきて、
それが自分のことのように嬉しかった。
もともと女の子(Sちゃん)の方と親しくしていて、
あるとき誰か紹介できたらという話になり、
直感的に思い浮かび紹介したのが彼(Tくん)だった。
私は二人を引き合わせた人物として結婚式でスピーチをした。
そのときに話したことばを少し引用すると、
「…あるときいつものようにSちゃんと二人でお茶をしながら、
どこかに良い出会いがないかという話題になり、
そのとき私の頭のなかにパッと思い浮かんだのがTくんの姿でした」
で、そのあと早速Tくんに連絡するとすぐさま駆けつけてきてくれて
それが二人の出会いとなった、というわけなんやけども…
実を言うと、Tくんに連絡をした時点でこれはうまくいくと既に私は感じていて、
TくんとSちゃんが初対面を果たした瞬間にその思いはほぼ確信に変わっていた。
こういう確信を何て呼べばいいのかわからないけれど。
第六感?
やっぱり、直感、かな?
二人の中に確実に同じものがあって、それを嗅ぎ取った、ともいうのか、
うまく言えないけれど。
結局紹介したその日は30分ほど3人でお茶をして、私はそこでおいとまし、
後は二人で過ごしてもらったのやけど、その後二人は初対面にもかかわらず
お店を替えて三時間も尽きない話をしていたらしい。
ちなみに二人とも特別饒舌なタイプではないと思う。
惹き合う力が二人を饒舌にさせたのかもしれない。
これは披露宴のスピーチでも本人たちにも言ってないのやけども、
二人を引き合わせた帰り道、私は二人がきっと結婚するような気がしていた。
それで夫にだけはそれを伝えた。
夫はびっくりして、そんなことまだわからんやろうと言っていたけど。
これまたうまくいえないけれど、確信めいた直感でそう思ったのだった。
昔、父が、第六感というのはきっと誰しもが本来持っているものなんだと言っていた。
その力に気づいているか気づいていないかの違いなのだと。
たぶんだから私が今回経験したこともその類のことなんやと思う。
もしかして、悲しい結末の映画を観るのが苦手なのもそのせいなのかな。
恐怖も悲しみも自分の身に起こったみたいに感じて痛い。
その痛みが怖くて、痛くて、観れない。
子どもの頃、アンネの日記を読んだ後にしばらくずっとアンネの世界が抜けなくて、
怖くて、怖くて。
みんな読んでた裸足のゲンは読まなかった。
火垂るの墓も一度観たっきり観ていない。
スピリチュアル的な何かでも、ましては特異体質でも何でもないと思うのだけど。
…こういうこと書こうと思ってなかったんやけどな。
ま、いっか。
一つだけ。
SちゃんもTくんも人との付き合いにおいて駆け引きの無い人で。
思ったことを率直に伝えるってこと、できない人はできなかったりするよね。
恋愛において駆け引きなんて必要ないと私は思うから。
結婚式の日、二人がお互いにすごく信頼し合っているのが伝わってきて、
それが自分のことのように嬉しかった。
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